第50話 〜DAWN〜暁に染まる未来
狂気の表情を浮かべるヨージの短剣が、セバスチャンの胸元に迫ったその瞬間、まるで見えない力に引き止められたかのように、ヨージの動きが止まった。
短剣は宙に浮かぶように静止し、ヨージの顔が歪む。
「なぜだ……ヨハネス……なぜ止める……」
かすれた声が漏れ、ヨージの目がぐるりと白目をむいた。
そしてその場で崩れるようにバッタリと倒れた。
その時、ヨージこと”
——俺にはかつて、兄がいた。
両親が事故で早くに他界した後、唯一の肉親だった兄は、俺を大学にいかせるため必死に働いた。
しかし無理が祟って体を壊し、俺が大学を卒業すると同時に他界した。
すべての家族を失った俺は、兄が死んだのは自分の所為だと悩み続けた。孤独に苦しみ裏の世界へと落ちた。やがて危険な情報屋になって、殺されてしまった。
思えば兄の死を、随分と無駄にした人生だった。
しかし、ヨハネスの体に転生してその記憶を受け継いだ時、お前が必死に守っていた兄、セバスチャンを支えることが俺の兄への贖罪になると思った。
だからこそ、お前の記憶を元にバイオレットを守り、お前を殺した宿敵ベルトラムを没落させることに必死だったんだ。
なのに!セバスチャンは、弟である俺を裏切ったんだぞ?
だから恨みを晴らしてやろうとしたのにお前は……
……いや、違うな……裏切ったのは。俺だ。
お前が愛していた兄を、必死で支え続けていたセバスチャンを、もう少しで殺すところだった……悪かった、ヨハネス。
俺は自分の手で、もう一度……兄を、失うところだった……
ヨハネス……止めてくれて、ありがとう………——
——……
倒れたヨージの元へ衛兵が駆け寄り、彼の状態を確認する。
「……すでに、息がありません」
その言葉に、議場全体がざわついた。
セバスチャンは、倒れたヨージの無力な背中を見つめていた。
彼の胸の奥に疼くのは、亡き弟、ヨハネスの面影だった。
かつて自分を信じ、全身全霊で支えようとしていた弟。
だが、その姿と重なるヨージは、彼の理想を歪め、自らを滅ぼした。
(ヨハネス……俺はお前を守ることができなかった。それでも……私は前に進むしかなかった……これで、お前の無念が、少しでも晴らせただろうか)
苦しみと安堵が入り混じる中で、セバスチャンは拳を握りしめた。
弟を守れなかったという悔恨と、この国を守るという使命の重みが、心の中でせめぎ合い、彼も苦しみ続けていた。
ヨージの遺体は衛兵により運び出され、議場は徐々に冷静さを取り戻していった。
その様子を見つめていたセレーナの胸に、妙な感覚が広がる。
ヨージの最期の瞬間、その瞳に宿ったかすかな後悔の意思を、彼女の目は見逃さなかった。
「ヨージ……あなたは、ヨハネスの想いを……自分の使命を、取り違えてしまったのね……」
意味深に呟いたセレーナの言葉に、セバスチャンが視線を向けた。
その目には複雑な感情が宿っていたが、やがて小さく頷き、天を見上げた。
——そして
国王は改めてバイオレットを新しい貴族院議長に任命し、彼女の手で議会の団結と再建を促す訓示を述べた。
ここに、王国議会と弾劾裁判が正式に閉幕したことが宣言される。
セバスチャンにかけられた疑惑は完全に晴れ、セレーナに対する過去の行いも、彼女の改革への貢献を鑑みて不問とされた。
すべてが終わり、議場の重い空気が解ける中、セバスチャンがセレーナに向かって一礼した。
「お見事でした、セレーナ・フォレスター」
その言葉にセレーナは微笑みながら答える。
「まさか、あなたと一緒に戦うことになるとは思いませんでしたけどね」
◇ ◇ ◇
——場面は三日前に遡る
深夜、セバスチャンの執務室にセレーナとセバスチャン、キリコの三名が集っていた。
薄暗く照らされたテーブルでの上には地図や書状、裁判に向けた準備の痕跡が散らばっている。
「裁判までの時間が限られています。全力で証拠を揃えていますが、正直なところ、アレクセイの到着はギリギリのタイミングになる可能性があります」
セバスチャンは冷静な声で告げた。
「アレクセイが遅れた時は、どうするの?」
セレーナがまっすぐに彼を見据える。
「もし、私の登壇までに、アレクセイの到着つまり証拠が間に合わなかった場合は、なんとかあなたに、時間を稼いでもらいたいのです……方法はお任せします」
セバスチャンの瞳は迷いなく、ただ現実を見据えていた。
「確実に時間を稼げる方法はあるけど、一か八かになるかもね」
一瞬、部屋に静寂が訪れる。
「セレーナ様、まさか……」
キリコが心配の表情を浮かべる。
セレーナはすこし悲しそうな顔で微笑み、深く息を吸い込んだ。
「セバスチャン、あなたにお願いがあります」
彼女の声は静かでありながら、決意が込められていた。
「私がどんな行動をとっても、決して止めないで欲しいの。それで、どういう結果になろうと、私は、皆を守る覚悟を決めています。この私の意思を、どうか尊重して、最後まで信じて任せて欲しい」
その言葉に、セバスチャンは目を細める。彼の表情には、一瞬の驚きと、彼女の決意を見抜いたかのような深い感情が浮かんだ。
「セレーナ、もしあなたが罪に問われたなら、それは私の人生の敗北を意味します」
彼の言葉は低く、しかし力強く響いた。
「だが私は、あなた以外には、絶対に敗北しない……つまり、あなたを必ず守り抜くと誓わせてください。これだけは譲れません」
セバスチャンの言葉に、セレーナの唇に微かな微笑みが浮かぶ。
それは互いの覚悟が一致した瞬間だった。
キリコが一歩前に進み出て、胸に手を当てながら力強く宣言した。
「セレーナ様、私のすべてを懸けて、あなたを守ります。何があろうとも、私は最後まであなたの味方です」
その言葉にセレーナはそっと微笑み、キリコの肩に手を置いた。
「ありがとう、キリコ。その言葉があれば、私は最後まで戦えるわ」
最後に、セバスチャンとセレーナが手を取り合い、互いに深く目を見つめ合った。
「必ず勝ちましょう」
セレーナの声には、一切の迷いがなかった。
「ええ、お互いに」
セバスチャンが低く静かな声で言う。
その手の握りは固く、共に未来を切り拓く誓いのようだった。
この瞬間が、三人の運命を決定づける鍵となったのだった。
◇ ◇ ◇
——場面は再び議場に戻る
弾劾裁判を終え静けさが漂う議場で、アリシアとアレクセイが、セレーナに近づいてきた。
「セレーナ、あなたに一つ聞きたいことがある」
アリシアが真剣な表情で口を開く。
「なにかしら?」
「なぜ私に謝ったのだ?さっきから気になって仕方ない」
「あ……だって、私、あなたたちに正体を隠していたじゃない」
そう言うセレーナに、アリシアは小首をかしげ、不思議そうに答える。
「正体を隠して?中身は同じなのに?仮面をつけていようといまいと、私にとって親友であることに何も変わらないが?」
その一言に、セレーナは思わず笑みをこぼした。純粋で実直なアリシアらしいその言葉が胸に響いた。
「私は、アリシアのそういうところに惚れたのです」
隣にいたアレクセイが彼女をみつめ微笑むと、アリシアは顔を真っ赤にしてオロオロと視線を彷徨わせる。
「そ、そんなことを急に言わないで!」
彼女の反応に、周囲のバイオレットやセバスチャンまでもが微笑んだ。
——新しい時代の予感。
今日は、王国に平和が戻り、新しい時代の幕開けが感じられる日となった。
ヨージの最後を思い出しながら、セレーナはふと目を閉じ、心の中で静かに呟いた。
(ねえ、セレーナ……私の役目は終わったわ。もし必要がないなら……私はあなたの意思に従う、いつ終わらせてもいいのよ)
静かに未来を見据える彼女の瞳には、どこまでも深く、聡明な輝きが宿っていた。
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