第49話 王の采配
議場に漂う緊張感がさらに高まる中、国王がゆっくりと壇上に立った。
その姿は威厳に満ちており、重要な言葉を発する前から場の空気を支配していた。
「まず初めに申しておこう。本日の審議において、王国を乱す陰謀の全貌を知るに至ったこと、深く感謝する。そして、ベルトラム議長——貴殿の行いに対し、厳しく非難せざるを得ない。」
国王の厳しい口調に、議場は息を呑む。
「陛下!お待ちください!」 ベルトラムは必死に声を上げた。
「すべては、このセレーナ・フォレスターという性悪女の仕業です!この女こそが魔女であり、国家を乱した元凶に他なりません!」
セレーナを指さすベルトラムに、国王は鋭い目線を向けた。その一瞬でベルトラムの口が塞がれる。
「セレーナ・フォレスター。彼女は議場で自らの過ちを認め、責任を取る覚悟を示した。さらに、国家の未来を考え、誰もが避けてきた政略結婚という構造的な困難に立ち向かい解決した優れた知性と聡明さ、そして冷静さを持つ傑出の人物だ。何より、自己犠牲をもって人々の幸福を願う崇高な精神を持っている」
国王は壇上から全員を見渡し、重々しい声で続けた。静寂の中で響き渡るその言葉を、多くの貴族たちが深く頷きながら聞き入った。
「彼女こそ、我々が最も尊ぶべきノブレス・オブリージュの具現者と言える!」
セレーナはその言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。これまで背負ってきた重圧、自分の行動への批判、そして自らを信じ続ける苦しさが一瞬にして溶けるようだった。
(私は……本当に、ここまで来られたんだ)
彼女の心に浮かんだのは、前世の自分——会員の幸福だけを追求し、自分を犠牲にしながら孤独に耐えた日々。その努力も虚しく、逆恨みのあげくに死を迎えたあの日の記憶だった。
しかし、今の自分は違う。この世界に転生した使命として前世のセレーナの無念をはらすため、周囲の誰かを助けようと努力した結果がこうして報われたのだ。
(ありがとう……セレーナ。そして、支えてくれた皆も……本当に、私は幸せ者だ)
瞳にうっすらと涙が浮かぶのを感じたが、彼女はそれを抑え、凛とした表情を保ち続けた。その姿は、国王をはじめとする議場全員に、彼女が真に国を支える存在であることを強く印象付けていた。
国王はそんなセレーナを見つめ、その目に宿る光に満足そうな笑みを浮かべながら続けた。
「そして、もう一人、我が国にとって欠かせぬ功労者がいる。セバスチャン・フォン・クロイツネルだ」
セバスチャンはわずかに頭を下げたが、その表情はいつものように冷静だった。
「セバスチャン、貴殿は腐敗に満ちた議会を正そうとし、時に危険を顧みず、知恵と策を駆使してこの国を守ろうとしてきた。数々の策謀を見抜き、国益を第一に考えた貴殿の献身に、私は心から感謝する」
その言葉を聞き、議場の空気が変わる。これまで改革派の多くがセバスチャンを疎み、彼の冷徹なやり方に反感を抱いていた。しかし、国王自らがその功績を讃えたことで、彼の行動の意味を改めて理解する者たちが現れ始めていた。
「さらに、セバスチャンは単に参謀としてだけでなく、貴族たちの間に信頼を築き、互いに協力する機会を作り出した。これは、我々が見習うべき最も貴い行動だ」
国王の声には力強さと感謝が込められており、その言葉に多くの貴族が感動を覚えていた。
セバスチャンはわずかに微笑むと、静かに答えた。
「陛下、それは過分なお言葉です。すべては、この国と人々を守りたいという気持ちからに過ぎません」
その控えめな返答に、国王は満足げに頷いた。
「その謙虚さこそ、貴殿がこの国の柱である証だろう。」
二人に対して、議場から拍手が起こる。国王はその音が鳴り止むのを待ったあと、今度は威厳に満ちた、ゆっくりとした口調で語り始めた。
「それに引き換え、ベルトラム議長——」
そのトーンの変化に議場全体が静まり返る。
「貴殿は己の保身のために権威を振りかざし、挙句の果てに隣国と共謀するという愚かしい行為を犯した。このような者を議長として認めてきた我が過ちを、皆に謝罪しなければならない」
そう言って、国王はセレーナやセバスチャンに向き直り、深々と頭を下げた。場内は驚きの声に包まれた。
「陛下が頭を下げるなどもってのほかですぞ!」ベルトラムが叫ぶ。
「こんな下賤の者たちに王が頭を下げるなど……!許されることではありません!」
それを聞いた国王は静かに顔を上げると、厳しい目でベルトラムを見据えた。
「ならば、私に頭を下げさせた責任を貴様が取るがよい。……ベルトラム・オービルよ、王名により、貴殿の公爵の身分を没収し、貴族院議長の座から更迭する!」
その言葉に場内は再びざわつく。
「何ですと!?」ベルトラムは激昂し、椅子から立ち上がる。
「私は貴族院議長ですぞ!議会で守られるべき地位を王命で横暴に取り消すとは、許されません!」
その時、セレーナが静かに口を開いた。
「ベルトラム議長——いえ、前議長。王命に従うとおっしゃったのは、つい先ほどではありませんか?」
セバスチャンも微笑を浮かべながら言葉を継ぐ。
「たしかに、そうおっしゃいましたな。」
セバスチャンは議場を見渡しながら、さらに告げた。
「ですが、不服そうでいらっしゃる。ならば、議会の皆様、この王命に賛成の方は拍手をお願いいたします」
一瞬の静寂の後、議場全体に轟く拍手の音。割れんばかりの拍手が続き、ベルトラムは呆然と立ち尽くした。
「王名と、議会が一致しましたが……まだ不服が?」
「このような……私が……貴族院議長である私が!」
ベルトラムは泣きながら喚き散らしたが、衛兵に引きずられ議場を後にした。
国王は静かに拍手を鎮めると、厳粛な声で語り始めた。
「さて、貴族院議長の座が空席となった以上、法に則り、この場で後任を決定せねばならない」
議場内の貴族たちが緊張の面持ちで耳を傾ける。
「私は、すでに一人の候補者を心に決めている。この場の皆の意見を聞かせてもらいたい」
そう言うと国王は新、たな貴族院議長に、バイオレット・グレイスフィールドの名をゆっくりと告げた。
「……私が、貴族院議長に……?」
バイオレットは驚きの表情を浮かべたが、すぐに気を引き締め、立ち上がった。
しばしの沈黙の後、彼女は堂々と演説を始めた。
「たった今、陛下より、議長の職を使命されましたバイオレット・グレイスフィールドです。私は、王国の未来を照らすため、体制派や改革派の垣根をなくし、貴族全員が一致協力できる政治へと再建する必要があると考えます。その責務を私に託していただけるのなら、セレーナ・フォレスターの献身に見倣い、人々の幸福のために全身全霊を尽くし、この国を正しい道へ導くことを誓います!」
その言葉に議場全体が感動に包まれる。バイオレットの圧倒的なカリスマと説得力に満ちた演説は、多くの貴族たちの心を動かした。
「ついに……もう一人の才能が、覚醒しましたね」セバスチャンは静かに呟く。
満場一致で拍手が巻き起こり、バイオレットが新たな貴族院議長として選ばれた瞬間だった。
セレーナは、その堂々たる姿を見つめ、目を潤ませた。
「バイオレット……貴女は本当に素晴らしい親友よ。心から誇りに思うわ」
——その時
場の隅でうなだれていたヨージが、突然立ち上がった。
誰もがその動きに気づかなかった。
それまで彼は敗北感に打ちひしがれ、力なく椅子に沈み込んでいるように見えたからだ。
しかし、その沈黙は彼の偽装だったのだ。
ヨージの手が、コートの内側に隠された短剣を掴む。
そして、静かに抜き放ったその刃は、薄暗い議場の光を鋭く反射していた。
衛兵たちも、一瞬の気の緩みを突かれた。
彼らが気づいた時には、ヨージの体が既に弾けるように動き出していた。
「ヨハネス!お前の無念を俺が果たしてやるよ!」
怒りと憎しみに満ちたヨージの叫びが議場に響き渡る。
議場を見渡していたセバスチャンはヨージに背を向けていて気づくのが遅れた。
ヨージの目は鋭く、暗い狂気を宿していた。
その視線はただ一人——セバスチャンに向けられてた。
「この物語はお前の死でフィナーレだ!セバスチャン!」
彼の叫びに、議場全体が一瞬にして凍りついた。ヨージの突進は加速する。
重要参考人としてその場に立つセバスチャンは、当然ながら武器を持っておらず、まさかの事態に備えた防具もない。
「セバスチャン!」
すぐ隣にいたセレーナが叫び、セバスチャンを庇うように寄りかかる。
誰もが止める間もなく、その短剣の切っ先が、まっすぐにセバスチャンの胸元を狙い飛び込んでくる。
誰もがその場で無力感に囚われた。
それまでの勝利の空気が、瞬く間に絶望へと変わろうとしていた。
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