第48話 セバスチャンの掌
キリコ・バレンティノは蒼い髪をなびかせながら、一礼して話し始めた。
「それでは、この度の計画の詳細を説明させていただきますわ。すべてセバスチャン様の命令のもと、私が帝国貴族の女性に扮して遂行した任務についてです」
彼女の口調は、普段の男装時とは異なる、凛とした女性らしいものだった。
「セバスチャン様は、このヨハネス、いえ、ヨージと名乗るこの男から、ベルトラム議長の政権転覆計画に誘われた際、その内容を把握し証拠を押さえるため、普段男装をしている私に、帝国貴族の女性としてヨハネス様と接触するよう指示されたのです。」
議場が息を呑む中、キリコはさらに続ける。
「私はこのヨージと会い、彼の計画を詳細に聞き出しました。その中で、彼と通じアリシア令嬢への縁談計画に関わっている『帝国過激派』の貴族たちを特定し、密約に使われる書状も回収することに成功しました。そして同時に、誠実で知られるアレクセイ侯爵にヨージの計画をリークし、彼の協力を仰いだのです」
「……じゃあ俺は、最初からセバスチャンの掌の上で踊らされていたというのか……」
彼の声は震え、その目には初めての敗北感が浮かんでいた。
ここでアレクセイ・フォン・ルーベンス侯爵が一歩前に進み、落ち着いた声で語り始めた。
「王国議員の皆様。私がここに立つ理由は、ヨージの計画を明らかにすること。そして過激な帝国貴族を裏で操っていたベルトラム議長の陰謀を暴くためです」
アレクセイは一礼し、キリコから伝えられた情報について語った。
「私はキリコ殿から提供された情報を元に、帝国過激派の活動を独自に調査しました。そこで分かったのが王国貴族の誰かが、帝国過激派に、ここにいるアリシア・フォン・ラインハルトとの縁談計画を持ちかけている事実でした。その後、確証を得るべく王国を内密に訪れ、セバスチャン殿からその詳細を伺いました」
議場は再びざわめきに包まれる。
「そしてアリシアと私の縁談は、帰国途中にラインハルト領で開催された社交界に出席したことがきっかけでした。これはセバスチャン殿からの依頼で出席したものではありましたが、まったく偶然の出会いから始まった縁談です」
アレクセイは淡々と語りながらも、その言葉には揺るぎない自信が滲んでいた。
「私はアリシアを……以前から王国人ながらも武人として尊敬していました。そんな彼女に直接会い……素直に自分の気持ちに従った結果、この成婚に至ったのです」
それを聞いたアリシアは気まずそうに顔を赤らめたまま直立している。
周囲の貴族たちはその様子を微笑ましく見つめながら、和かに頷いていた。
「その後、帝国に帰国した私は、この証拠を元に独自の調査を進め、ベルトラム議長が帝国の一部過激派と密約を交わしているという事実を突き止め、この確たる証拠となるベルトラム議長からの書状を押収したのです!」
ここでベルトラム議長が声を荒げた。
「そんな話に証拠があるのか!アレクセイ侯爵が内密にセバスチャンのもとを訪れたという確かな証拠などどこにもない!」
その時、セレーナが静かに立ち上がった。
「証拠はあります。これをご覧ください。」
彼女が手にしたのは、美しく細工されたヴィネグレットだった。それは金属細工の名品で、繊細な装飾が施されている。
「このヴィネグレットは、私とバイオレットがラインハルト領へ向かう道中、アレクセイ侯爵に偶然お会いした際にいただいたものです。これは帝国でもアレクセイ侯爵の領地でしか作れない門外不出の品。王国でこれを入手することは不可能です」
議場が静まり返る中、セレーナは続けた。
「この品が私の手元にあるという事実こそ、アレクセイ侯爵が王国内にいた証拠なのです。」
議場内の貴族たちは、そのヴィネグレットを確認すると一様に納得した表情を浮かべた。
「確かにそれは帝国内でも一級品だ……王国内では見たことがない」
「そうだ。これは間違いなくアレクセイ侯爵の領地でしか作れないものだ」
ヨハネスは席に座ったまま肩を落とし、完全に戦意を失ったかのように見えた。
一方で、ベルトラム議長は目をぎらつかせ、ついに最後の手を打つ。
「静粛に!皆、感情的になるな!これ以上、私を罪に問うつもりならば、この場で王命を公開せざるを得ない!」
その言葉に、議場全体が凍りついた。
「王命……だと?」
議場の空気が重々しく変わる中、追い詰められたベルトラムがついに声を張り上げた。
「そうだ!私が行った全ての行動は、王の意志を代弁したものであり、それに従わない者こそが反逆者だ!この裁判も証言もすべて無効だ!」
(そう、議会を終わらせてしまえば、証拠などいくらでも揉み消せる。結局は私が、議長の権威が勝つのだよ)
王権の代理人である貴族院議長の持つ伝家の宝刀を抜いたベルトラムは騒然となる議会を見渡し、勝利を確信していた。
貴族たちの怒号が議場に響く中、セバスチャンは静かに前へ進み出た。
「ベルトラム議長、王命に従えと言うのですか?」
その声には冷静さと確信が宿っていた。
「そうだ、王命は絶対だからな!」
「確かに、本日の議題で初めてあなたと意見が一致しましたね」
セバスチャンはわずかに微笑みながら続けた。
「ええ、ここは王国の最高権威たる国王陛下のご意見を伺うべきでしょう」
その言葉に、ベルトラムの顔が一瞬強張った。
「……何を言っている?」
セバスチャンはゆっくりと周囲を見渡し、議場全体に向けて話し続けた。
「実は先日、国王陛下に謁見し、本日の議場へお越しいただくようお願いしておりました」
その言葉に議員たちがざわめき始める。
「まさか……?」
「本当に陛下がいらっしゃっているというのか?」
セバスチャンは奥の貴賓観覧席に目を向けた。
「陛下は最初からこちらにいらっしゃいました。どうぞ、帳を上げていただけますか」
その瞬間、奥の貴賓席にかかっていた帳が静かに上げられた。視線が集中する中、そこには威厳をたたえた国王の姿があった。
国王は椅子に腰掛け、じっと議場を見下ろしていた。その存在感だけで議場全体を圧倒し、静寂が訪れる。
ゆっくりと立ち上がった国王は、落ち着いた口調で語り始めた。
「話は全て聞かせてもらった。これより、この件に関する私の意見を述べさせていただこう」
その言葉と共に、議場全体が凍りついた。ベルトラムの顔は青ざめ、体制派も改革派も息を呑む。
——次回、波乱に満ちた魔女弾劾裁判が、ついに終幕する。
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