第47話 暴かれる陰謀

「ベルトラム議長に質問があります」

 

 セバスチャンの冷ややかな声が、議場全体に響いた。

 ベルトラムはその声に軽く眉をひそめたが、すぐに平静を装う。


「何でしょうか、セバスチャン殿。悪あがきな弁明なら控えていただきたいのですが?」

 

 その言葉に、セバスチャンは淡々と続けた。


「貴方が自分の弟であるエルドラド男爵とアリシア・フォン・ラインハルト嬢との縁談を断られたのにも関わらず、再び持ちかけたこと。この事実について議場で説明していただきたい。」


 その瞬間、議場全体がざわついた。貴族たちは口々に囁き、驚きと疑念の表情を浮かべている。


「はて、そんな話は聞いたことがない。もう弟はアリシア令嬢に興味などないはずだ」

 

 それを聞いたセレーナが合わせて続ける。


「その際に、帝国貴族との縁談を断る口実としてエルドラド男爵との縁談を進めるように圧力をかけましたね?私はアリシア様から直接そう聞きました。」

 

「また随分と大胆な言いがかりを!そんな証拠がどこにあるというのだ!」

 

 ベルトラムは冷笑を浮かべながら答えたが、その声にはどこか焦りの色が混じっていた。


 セバスチャンは薄く微笑むと、手を一振りして衛兵に指示を出した。

 

「ちょうど、特別参考人が到着しましたので入場いただきましょう。」


 扉が開く音とともに、現れたのはアリシア・フォン・ラインハルトとアレクセイ・フォン・ルーベンスだった。


「おお、噂のあの二人が?」

「帝国の侯爵が王国議会に……?」

 

 ざわめきが広がり、視線が一斉に二人へと向けられる。


 アリシアは毅然とした表情で歩み出ると、セバスチャンの隣に立った。


「皆様、アリシア・フォン・ラインハルトです。まず、神聖な議会いおいて真実のみを証言すると誓います」


 凛然としたアリシアその一言で議場は再び静まり返る。


「ベルトラム議長は、私に再びエルドラド男爵との縁談を強制しようとしました。しかもそれを裏付けるために、帝国貴族に私との縁談話を持ちかけ、圧力をかけようとしていたのも事実です」


 ベルトラムの表情が険しくなる。

 

「そんなのは言いがかりだ!証拠があるのかね?」


 アリシアは衛兵に軽く合図を送った。すると、議場の扉が再び開き、エルドラド男爵が現れた。

 

「エルドラド男爵、どうぞこちらへ。」


 彼は状況を全く理解していない様子で、太った体で議場に現れたかと思うと、にこやかにアリシアの方を向いて声を張り上げた。

 

「アリシアの方から私に会いたいと言っているのは本当ですか?おお、アリシアよ!ついに私との縁談を受け入れたのですか!さすがは兄上である、私の願いを叶えてくれたのですね!」


 その言葉に議場中から失笑が漏れる。


「エルドラド!黙れ!はやく下がれ!」

 

 激昂したベルトラムはエルドラド男爵を怒鳴りつけると、衛兵に指示して強制的に退場させた。男爵は訳も分からず何かを喚きながら連れ出されていく。


 次に口を開いたのは、アレクセイだった。彼は整った姿勢で一礼し、低く落ち着いた声で語り始めた。


「王国議会の皆様、帝国の侯爵として、ここで話すことを許されて光栄です。」


 その帝国武人らしい丁寧な挨拶に議場全体が静まり返る。


「私は、王国の何者かが、自らの利益のためにアリシアと帝国貴族の縁談を企てたという情報を得て、該当貴族の邸宅を捜索し、このような書状を押収しました。」


 彼が掲げた書類を衛兵が持ち上がり、議場の中央で開示された。


「この書状は、王国側の貴族が、帝国貴族と縁談計画の密約を交わした証拠です。内容を見ていただければわかる通り、差出人として記されているのはベルトラム議長ご自身の名前です。」


 議場がどよめき、ベルトラムの顔色が青ざめた。


 セバスチャンは冷静に言葉を継いだ。

 

「こういった書状は、双方が一通ずつ持つのが常識です。帝国側にこの一通があるということは、もう一通は王国側の契約者が持っているはず。ベルトラム議長、あなたはまったく同じ文面の書状を提出されましたね?しかも、私の名義に改ざんしたものを。」


 ベルトラムは声を荒らげた。

 

「そっちが偽物であろう!これは帝国人の陰謀だ!皆騙されてはなりませんぞ!」


 アレクセイが一歩前に出て静かに語った。

 

「そもそも、私とアリシアは帝国と王国の中立緩衝地帯に二人で新たに領地を構える予定です。私たちが夫婦であるかぎり、国境の紛争は起こり得ない、つまりこれは双方の平和に資する成婚なのです。」


 セレーナもまた立ち上がり、冷静に語り始めた。


「ベルトラム議長は、アリシアとアレクセイ侯爵の成婚が、王国の国力を削ぐ陰謀だと主張されていましたが……いったい何を根拠にそのようにおっしゃったのでしょう。まさか……ご自分の作られた密約の内容と混同されていたのではないですか?」

 

 ベルトラムは激昂し、セレーナを指差し怒鳴り声を上げる。


「だまれセレーナ!私の権威を借りていただけのフォレスター家の分際で、何を偉そうに語るか!」


 しかしセレーナは一歩も怯まず冷静に答える。

 

「ええ、その通りです。この箱にはその言葉を裏付ける、ベルトラム議長が体制派を切り崩すためにフォルスター家と交わした政略結婚の証拠となる書類が揃っています。どうぞお納めください。」


 衛兵が箱を受け取り、議場の中央に運ぶ。その中には、数々の手紙や記録が封入されていた。


 その時、突然ヨハネスが笑い声を上げながら立ち上がった。

 

「セバスチャン、セレーナよ、勝ったつもりかもしれないが、肝心なことを忘れていないか?」


 彼は挑発的な笑みを浮かべて言葉を続けた。

 

「俺は、ベルトラムと組む直前まで、セバスチャンと共謀してこの政権の転覆を企てていた。つまり、帝国と共謀して外圧をかけようとしていたのは事実だ!」


 議場がざわめきに包まれる中、セバスチャンは冷静に微笑んだ。

 

「そのような密約を誰と誰が交わしたのか、具体的に教えていただけますか?」


「お前の息のかかった帝国の女と書状を交わした!その証拠が帝国にも残っているはずだ!」


 セバスチャンは静かに笑みを浮かべた。

 

「では、もう一人の参考人をお呼びしましょう。」


 扉が再び開かれると、入場してきたのはキリコ・バレンティノだった。

 

 セバスチャンの隣に立つその姿を見たアレクセイが驚く。


「あなたは……帝国過激派を使った政権転覆の動きを、私に伝えてくれたあの時の」


「ええ、お久しぶりですねアレクセイ侯爵」


 ニコリと笑顔を浮かべるキリコを見たヨハネスが叫ぶ。


「この男だよ!セバスチャン、俺の動きを帝国に漏らしていたスパイだ。お前も焼きがまわったな。」

 

 するとキリコは、真面目な顔をしてゆっくりと語り始める。


「私もこの神聖な議場にて、敬愛するセレーナ様に倣い、正体を見せましょう」


 そういうとキリコは後ろで縛っていた髪を解き、頭を数回振って長く青い髪を靡かせた。


 そして、一段高い、女性らしい声のトーンでゆっくりと話し始める。


「貴方が書状を渡した相手は、この私ですわよね?ヨハネスを騙る『ヨージ』どの。」


それの姿と声にヨハネスことヨージは困惑した。


「あの時の、帝国の女……どういうことだ。女装?いや……男装を解いたのか!」


「ええ、女ですからね。それと——私は、最初からセバスチャン様の指示通りに動いていただけですよ」

  

 その言葉に議場が息を飲む中、彼女は青い髪を靡かせながら微笑んでいた。

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