第46話 セレーナの告白

 仮面が外れ、セレーナ・フォレスターの素顔が議会場に現れた瞬間、全てが凍りついたように静まり返った。


 漆黒のドレスに包まれた彼女の姿が、一層際立って見える。


「私が……レディ・ルミナスの正体です。そして同時に、改革派の中心にいたフォレスター家のセレーナ・フォレスターでもあります。」


 その告白に、場内がざわめき始めた。


「セレーナ・フォレスター……だと?」

「体制派の敵だったあのセレーナが、ルミナスだと言うのか……!」


 議場に渦巻く困惑と怒り、驚愕の視線を一身に浴びながら、セレーナは毅然と立ち続けた。


 もっとも驚いているのは、ベルトラム議長だった。

 まさに飼い犬に手を噛まれたという状況だった。


「皆様、私のこの行動に驚かれるのも無理はありません。しかし、これ以上の虚偽と策略に基づいた議論を続けさせるわけにはいきません。」


 セレーナの声には決意と覚悟が宿っていた。


「私は過去に、ベルトラム議長によってフォレスター家を傀儡とされ、政略の駒として多くの罪を犯しました。それは否定できない事実です。私は今日その責任を負います。過去の所業は、皆様によってこの場で裁かれるべきと認めます。」


 その一言に、議場の空気は重々しい沈黙へと変わった。


「しかし、皆様。私は一つだけ訴えさせていただきたい。この場にいるベルトラム議長こそ、私の家を支配し、政略の道具として利用した張本人です。」


 議場がざわめき始める。改革派の一部は驚きの表情を浮かべ、中立派の中にも戸惑いの色が見えた。


「セレーナ・フォレスター!おまえ何を言ってるかわかっているのか!」


 ベルトラムが大声を出す。その顔は焦りと憤怒にまみれ先ほどまでの余裕の笑みは消えていた。 

 

「私が過去の行いが間違っていたのは事実です。しかし、私をそのような行動に追いやった裏には、ベルトラム議長の権力欲と策略があったのです。そして私は、それに気づきながらも止めることができませんでした。」


 セレーナは一度深呼吸し、壇上から議員たちを見渡した。


「私は、ベルトラム議長によって歪んでしまった国内を少しでも改善すべく、バイオレット・グレイスフィールドの協力のもとで『結婚相談所』を開設しました。多くの貴族の真の幸せを願い、そして自分の贖罪も込めて無償で尽力することを誓ったのです。ですから、先ほどの帝国云々のつながりはすべてベルトラム議長の捏造だと言いきれます」

 

「そうだ!我々は対価を支払っていないし、求めてもいない!」

「我々もだ!ルミナス、いやセレーナ殿の誠実さと聡明さに感銘をうけて縁談を成立させたのだ!」

「そのとおりだ!子供の幸せを思えばこそであり、帝国との繋がりなど言語道断だ!」


 議場から、セレーナの繋いだ縁談に絡んだ貴族から次々に声が出る。


 その様子を見たベルトラム「静粛に!」と甲高い声をあげて制止する。

 

「この裁判はおかしいとは思いませんか?私はこのようにセレーナ・フォレスターです。なのに私が魔女だという噂が街中に飛び交ってる……まるで誰かが『魔女』として予め裁こうとしていたかのようです。これが公正な裁きでしょうか?」


 セレーナの言葉が響き渡る中、議場にいた一人の貴族がゆっくりと立ち上がった。

 中立派に属するその貴族は、重々しい口調で語り始めた。


「辺境伯のアレク・ディアグラントです……かつて私の家が危機に陥ったとき、あなたが助けてくださった恩を、私は今でも忘れておりません。あなたの過去が一部間違っていたとしても、その真心まで疑う者はいないでしょう。」


 その発言に、議場内がざわつく。続けて、アルバート=リッテンベルク公爵も立ち上がった。


「私も同感です。セレーナ殿がいなければ、私はベルトラム議長の思惑に乗せられ、娘の真意を無視した政略結婚をさせるところだった。セレーナの行いが罪に問われるのであれば、私も同罪として裁かれるべきでしょう!」


 次々と立ち上がる貴族たち。その中には、かつて体制派に属していた者たちだけでなく、改革派の貴族も含まれていた。


 その様子を見ていたベルトラムは苛立ちを隠せず、椅子から立ち上がる。


「皆、感情に流されるのはやめたまえ!彼女はフォレスター家の長女であり、改革派の象徴だった人物だぞ!にもかかわらず中立派の仮面を被り国内を混乱させた悪女なのだよ!」


 さらに、ずっと無言を貫いているグレイスフィールド公爵を指差し、大声で叫ぶ。

 

「グレイスフィールド公爵!あなたの令嬢の婚約者だったアルト・ディラハンを奪った女を信用するのですか?!」


 しかし、その声を掻き消すように、バイオレット・グレースフィールドが立ち上がった。


「ベルトラム議長!」


 その一言で、議場は静まり返る。彼女の威厳ある声が、空気を完全に掌握していた。


「セレーナ・フォレスターの告白は、過去の罪をも受け入れる勇気の証です。そして、議場に集う皆様もご存じのように、彼女はこの国の人々の幸せだけを希み自らを犠牲にして貢献してきました……今もまさに、そのように行動しています」


 バイオレットは力強く語り続ける。


「私たちがこの場で議論すべきなのは、過去の失敗ではなく、今この瞬間に正義を取り戻すための行動です。セレーナの言葉に耳を傾け、真実を追求することが、我々貴族の使命ではありませんか?」


 ここにきて圧倒的なカリスマと説得力を放つ彼女の言葉に、多くの貴族が感化され力強く頷いた。

 その姿を見つめながらセバスチャンも小さく何度か頷いていた。


「私は、セレーナの行動が罪であるならば、私たち全員が同じ罪を背負うべきだと考えます。それが、この国を支える者たちの責務ではありませんか?」


 バイオレットの誠実で真っ直ぐな言葉に、体制派と改革派の垣根を超えた賛同の声が上がり始めた。


 その光景を目の当たりにし、セレーナの目に熱いものが込み上げる。


(私のやってきたことは、無駄ではなかったのね……)


 心の中で、前世のセレーナが微笑んでいるように感じた。


(よかったね……セレーナ……)


 彼女は心の中で静かに呟いた。


 議場には希望の光が差し込み、ベルトラムの勝利の笑みは次第に色褪せていった——。


「しかし!セバスチャンが帝国と共謀していた罪は消せるものではないぞ!」


 ベルトラムが声を荒らげ、再び攻撃を仕掛ける。


「証拠もあるのだ!外患誘致は死罪に相当する大罪であるぞ!それをどう申し開きするつもりか!」


 場内に緊張が走り、議員たちの視線がセバスチャンへと集中する。


 その時、セバスチャンがゆっくりと立ち上がった。彼は微笑みを浮かべながら、隣に座るセレーナに目配せし、軽く頷いた。


 セレーナもまた、セバスチャンを見つめ静かに微笑む。

 彼の瞳には、強い決意と揺るぎない自信が宿っていた。


(そう、間に合ったのね……セバスチャン……よかった)


 二人の視線が交わり、まるで無言の合図を送り合うかのように互いが軽く頷き返すと、再びベルトラムへと向き直る。


「さて、議長。これより、真実の全てをお見せしましょうか」


 セバスチャンの低く響く声に、議場全体が凍りついたように静まり返る。


 その瞬間、ベルトラムの顔に僅かな動揺が走る。


(くそっ!まさか……奴らがここまで準備を整えているとは!)


  しかし、セバスチャンの表情には迷いはない。セレーナもまた、仮面を外した姿で堂々と立ち、同じ方向を見据えていた。


 王国史上最強の策士二人が、ついにタッグを組む時が訪れた——。


「ベルトラム公爵、覚悟はおありですか?」


 セレーナの言葉が響き渡り、議場は次なる展開への緊張感で息を飲む。


 すべてを覆す反撃の幕開けが、いま始まろうとしていた——。

 

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