第44話 悪魔の証明
王国貴族議会の会場は、朝からざわめきに包まれていた。
装飾が施された巨大なホールの中、豪奢な椅子に座る貴族たちが低く囁き合いながら次の展開を待ちわびている。
左右に並ぶ席には、鮮やかな対立が見られた。
左翼席には、グレースフィールド公爵、クロイツネル公爵家、アルバート公爵家の『三公爵』を軸とする体制派の面々が着席している。正統と秩序を重んじる彼らの背筋はぴんと伸び、威厳を漂わせていた。
対する右翼席には、ベルトラム公爵を中心に、リヒテンシュタイン伯爵を含む改革派の議員たちが控えている。侯爵家の数では体制派を上回る彼らは、各々がしたたかな視線を放ち、何かを企むような空気があった。
——ガランガラン!
議長席の鐘が鳴り響くと、場内は静まり返った。
「本日、ここに王国貴族議会を開会する。」
ベルトラム貴族院議長の重々しい声が響く。その表情は冷徹そのものだった。
「まずは、重要参考人の入場を許可する。」
場内の視線が扉へ集中する。
ガチャリ。
扉が開き、一人目の人物が現れる。淡い紫のドレスをまといながら堂々と進むその姿に、会場全体が息を呑む。
「バイオレット・グレースフィールド公爵令嬢、入場!」
彼女は一瞬たりとも視線を逸らさず、毅然とした足取りで重要参考人席へと進む。ささやき声が場内を覆う中、バイオレットは椅子に腰掛け、冷静な表情で議場を見渡した。
続いて現れたのは、白と漆黒を合わせたスーツに身を包んだ銀髪の男性だった。
「セバスチャン・フォン・クロイツネル公爵閣下、入場!」
その名が呼ばれると、体制派の席から安堵の声が漏れる。彼の姿に会場内はさらにどよめきが増した。セバスチャンは一礼すると、静かにバイオレットの隣に座った。
そして、最も注目される瞬間が訪れた。
「次に、レディ・ルミナス……入場!」
ルミナスの名が響いた瞬間、場内はざわめきに包まれた。扉がゆっくりと開き、仮面をつけた女性が現れる。彼女の漆黒のドレスが輝き、歩を進めるごとに仮面越しの視線が貴族たちを射抜いていく。
「仮面をつけて入場するとは……」
「彼女が本当に魔女なのか……?」
「あの美貌……社交界で見たことがあるぞ!」
会場の隅々まで囁きが広がる中、レディ・ルミナスは一切動じることなく、ゆっくりと重要参考人席に着席した。
「では、裁判を開始する。」
ベルトラム議長が椅子に座り直し、厳しい目で場内を見渡し、最後にレディ・ルミナスを睨むように一瞥すると、太々しい笑顔を浮かべる。そして、会場に向けて一礼をし、弾劾裁判の訴状を一通り読み上げた。
改革派陣営からはヒソヒソと罪状に驚いたような声が響き、体制派の面々からは「なにをふざけたことを」と言わんばかりの呆れ声が聞こえてくる。
「このように、ここにいるレディ・ルミナスという仮面の女性が王国内で不和を煽り、国家を脅かしているという疑惑が持ち上がっている。しかも——こともあろうか、それを手びいていたのが、高明な三公爵の身内という疑いまであるのです!」
その声は静まり返った議場に響き渡った。
「彼女が行っている『ウィッチ婚活相談所』の収益は、裏金として帝国に流れている。さらに、彼女は帝国の密偵であり、王国を転覆させようと画策している——」
ベルトラムが言葉を続けるたび、会場の空気が重くなっていく。
「そして、この女が人々を惑わす『魔女』であることは、既に明白だ!」
——ドンッ!ドンッ!
議長席の
「この国のため、真実を明らかにしなければならない。この議場に集う者たちの名誉にかけて!」
ベルトラムの力強い言葉に、改革派の貴族たちから賛同の声が上がる。
一方、体制派の席では緊張が走り、バイオレットは拳を握りしめていた。
ルミナスことセレーナは、仮面の奥から視線を動かし、冷静に状況を見極めていた。
(ベルトラム……お前の仕組んだ嘘を、かならず暴いてみせるわ)
次第に議場内の混乱が広がる中、ベルトラムはさらなる証拠を次々と提示しようとしていた——。
議場内は重々しい空気に包まれたままだった。
「議長、そして貴族の皆様。このたびの容疑について、私は断固として否定いたします。まず、ウィッチ結婚相談所が得た収益が帝国へと流れているという話ですが——事実無根です」
「そう言い切れる証拠はあるのかね?仮面の美女よ」
セレーナの言葉を遮るように、ベルトラムが声を上げた。
「そもそも、ウィッチ結婚相談所の縁談について、金銭の授受は行なっておりません。無いものを送金を送金する証拠があるのは……おかしいではありませんか?」
「では、説明していただこうではないか。無償でこのような大規模な縁談を取り仕切るなど、不自然極まりないとは思いませんか?——帝国への送金がないという証拠を示せるのですかな?」
その発言に、改革派の陣営からは「その通りだ!」というヤジが飛び交う。
「無いものを証明しろなど——悪魔の存在を証明しろと言うに等しい暴論です。むしろあるという証拠を、そちらで示されるのが筋ではないでしょうか?」
「もう一度言いますが、私たちの相談所は収益を目的としておりません。参加者の負担を軽減し、誰もが自由に婚活を進められるよう設計されています。そのため、相談所の運営において金銭的な不正が行われた事実は一切ありません!」
彼女の力強い言葉に、体制派の一部が頷くが、ベルトラムは冷笑を浮かべながら立ち上がった。
「ほう、それではこの帳簿記録をご覧いただきましょうか」
彼が掲げたのは、捏造された帳簿だった。
そこにはウィッチ結婚相談所の収益が帝国の口座へ送金されていると記されていた。
「ここに記された内容をご覧ください。これは貴女方の相談所で取り扱った資金の流れです。この記録に基づき、帝国への送金が行われていることは明白です」
その帳簿を見た瞬間、体制派の一部議員たちも動揺を隠せない。
「この帳簿は捏造されたものです。私たちの相談所の正式な会計記録には、このような送金の事実は一切ありません。それをここで証明することも可能です」
「証明する?言葉だけでは、少なくとも議会の過半数は……納得しませんよ、レディ・ルミナス」
ベルトラムは冷たく言い放ち、周囲に視線を送る。
「無償で善意の活動を行うなど、まことに美しいお話だ。しかし、現実の世界ではそれはただの偽善に過ぎない……むしろ貴女方の裏に潜む国家的な裏切りの証左そのものだ!」
ベルトラムの言葉に、改革派の陣営から賛同の声が上がる。
さらに彼は、次の攻撃を仕掛けた。
「グレイスフィールド公爵家とクロイツネル公爵家——貴方たちはその子息であるバイオレット・グレイスフィールド、そしてセバスチャン・フォン・クロイツネルを使い、帝国側と密かに接触を図っていた。これについて何と弁明するつもりですか?」
会場全体がざわめきに包まれる中、セバスチャンが立ち上がり、冷静さを保ちながら口を開いた。
「すべて事実無根です。私たちが帝国と通じているなどという証拠はどこにもありません」
まったく動じない姿勢をみせるセバスチャンに対して、ベルトラムは薄ら笑いを浮かべると、側近に合図を送り、一枚の書類を持たせて議場へと歩かせた。
「証拠ならありますとも。こちらをご覧ください!」
ベルトラムが新たに提示したのは、セバスチャンが帝国貴族と接触したとされる密談の記録だった。
その記録には、セバスチャンの名で、帝国側の貴族にラインハルト家に対する縁談を持ちかけるように請願するやり取りが記されていた。
「これが帝国との密約があった証拠だ。先日取り計らわれたアリシア・フォン・ラインハルト公爵令嬢と帝国のアレクセイ・フォン・ルーベンス侯爵の成婚は、王国を帝国へと売り渡す陰謀の一環に他ならない。つまり、彼らは我々、改革派お陥れるために、帝国による王国侵攻の橋渡し役を務めていたのですよ貴族議員の皆様!」
その言葉に、体制派の中にも動揺が広がる。ルミナスは密かに手を握りしめた。
(まずいわね……まさかベルトラム議長が、自分が画作した帝国貴族との密約を、名義のみ偽造してこちらに擦りつけてくるなんて。半分真実が入っている書類にはある程度の信ぴょう性が生まれるわ)
彼女は仮面越しにベルトラムを睨みつけ、言葉を振り絞った。
「その成婚は、ただ一つ——王国と帝国の間に平和の架け橋を築くためのものです。私たちの活動は、どれも王国の安定と発展を目指したもの。それを裏切りと決めつけること自体が、国家に対する冒涜ではありませんか?」
その一言に、体制派から拍手が湧き起こるが、ベルトラムは一歩も引かない。
彼の笑みは冷たく鋭く、次なる罠を仕掛けるべく議場を見渡していた。
「なるほど……あくまで惚けると言うのですね。では今から、これらの共謀を知る重要参考人を呼びましょう」
ニヤリと笑うベルトラム議長が側近に声を掛けると、その者が何かの合図を送り奥のドアが開く。
そして奥から、ひとりの人物が現れる。
黒いスーツを纏った金髪の男は、鋭い目線をセバスチャンへと送りつつ、会場進むその姿に、会場全体が息を呑む。
「重要参考人、ヨハネス・フォン・クロイツネル、入場!」
そしてヨハネスと名乗るその男は、セバスチャンに対して反対側となる重要参考人席へと堂々と座った。
「そこまでやるのか。ヨージ……」
その瞬間、あの冷静なセバスチャンが一瞬、険しい表情を見せた。彼を知る者ならば、その変化がどれほど重大なものかを理解しただろう。
用意周到に練られたベルトラムとヨージの策略は、今まさに牙を剥き、ルミナスたちを追い詰めようとしていた。
常に冷静な
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