第43話 迫り来る嵐

 バイオレットの屋敷に隣接するゲストハウスを改装した「ウィッチ婚活相談所」では、セレーナ、バイオレット、アリサがテーブルに山積みになった書類に目を通していた。天井から差し込む暖かな光が部屋を包み、婚活依頼のリストが鮮やかに映えている。


「これだけの依頼を抱えていると、一人ひとりに対応するのも一苦労ですね」


 アリサが手元のリストを見ながら、少し困ったように微笑む。


「でもアリサ、これまでの成婚率は100%よ!しかも本心から望んだ相手と。それだけでも相談所を開いた甲斐があると思わない?」


 バイオレットは満足げに胸を張り、セレーナに書類を差し出した。


「そうね、あとは……その一人一人が、幸せになってくれることを願うばかりだわ」


 セレーナも微笑んだが、その視線にはどこか陰りがあった。

 それを見たバイオレットは、いつものまっすぐな瞳で訪ねた。


「ねえ、セレーナっていつも人の幸せばかりに一生懸命よね?自分のことはどうなの?」


 するとセレーナはきょとんとした顔をする。


「え?自分のことってどういう意味かしら?……私は成果が出てることで満足してるわよ」


「あのね……そういうことじゃなくて」

 

 噛み合わない二人の会話を見て、クスクスとアリサが笑っている。


「ただ、最近の動きが気になるのよね」


「動き?」バイオレットが首をかしげた。


「私たちの成功があまりにも目立ちすぎて、反発を買っている気がするの。特に……ベルトラムの一派から」


 そう言った瞬間、外から扉を叩く激しい音が響いた。


「失礼します!緊急です!」


 その声に、三人は顔を見合わせた。


「キリコ?」バイオレットが立ち上がり、扉を開けると、息を切らしたキリコ・バレンティノが立っていた。


「どうしたの?そんなに急いで……」


「ルミナス様、いえセレーナ様、重大な知らせです!」


 キリコは荒い息を整えながら、肩にかかった髪を払い、深刻な表情で話し始めた。


「ベルトラム議長がついに動きました。一週間後、王国貴族議会で弾劾裁判が開かれます」


「弾劾裁判……?」


 セレーナの眉が動き、バイオレットとアリサも緊張を隠せない。


「対象はレディ・ルミナス様。そして……重要参考人としてバイオレット様とセバスチャン様も召喚されるそうです」


 キリコの声は震えていた。


「容疑は『国家騒乱を画策した帝国の工作員疑惑』、そして『魔女』としての弾劾。バイオレット様とセバスチャン様には……無礼にも『外患誘致罪』の審議が行われるとのことです」


 その場に静寂が訪れた。冷たい風が扉の隙間から吹き込み、三人の背筋に寒気を走らせた。


「外患誘致罪ですって?そんなものあるわけないじゃない!そもそも貴族議会がそんな横暴を認めるわけない」


 憤慨するバイオレットに、セレーナが告げる。


「よほどの証拠でもないかぎり、公爵家相手にそんな大罪は成立しないわ。この罪状の狙いはレディ・ルミナスを逃げられなくするためよ」

 

「え?それはどういうことです?」すかさずキリコが尋ねる。


「つまりバイオレットとセバスチャン、なによりレディ・ルミナスを確実に出廷させるため。おそらく何か秘策があるんでしょう。」

 

「まさか……ベルトラムがそこまで動くなんて……」


 バイオレットが呟くと、セレーナは考え込むように手を顎に当てた。


「彼がここまで周到に計画を練って挑んでくるということは……アリシアとアレクセイの成婚が相当の痛手だったってことね」


 重い空気が漂う中、バイオレットが静かに口を開いた。


「ねえセレーナ、架空の存在であるレディ・ルミナスを消してしまうのはどうかしら?」


「……消す?」


 セレーナが視線を向けると、バイオレットは真剣な表情で続けた。


「うん、ルミナスが消えれば、議会も彼女を裁く理由を失うわ。そうすれば、少なくともあなたや私たちへの直接的な被害は避けられるかもしれない」


 その言葉にアリサが驚きの声を上げた。


「そうですよ!……架空のルミナスが消えても、セレーナ様が消えるわけじゃないんですから!」


 セレーナは静かに首を振り、口を開いた。


「それではダメよ、バイオレット、アリサ。」


「なぜ?議会で弾劾されるよりは、リスクを減らせるわ」


 バイオレットが声を強めると、セレーナは少し俯いた。


「それでは、ベルトラムが流したデマが真実になってしまうわ。それに……ルミナスが逃げたと受け取られれば、彼らは『魔女』として確定させるでしょう……そして魔女が手助けした縁談を無効にしようとするでしょうね」


「そんな……」

 

 セレーナの冷静な声に、バイオレットは言葉を詰まらせた。


「……仮にルミナスが居なくなった場合、結婚相談所の主催者であるバイオレットに。すべての責任が向かう可能性が高い。それだけは絶対に避けたいの」


 バイオレットは目を伏せ、沈黙が続いた。しかし、彼女は再び顔を上げ、訴えかけるようにセレーナを見つめた。


「でも、セレーナ!ルミナスとして、あなた自身が危険に晒されるのよ。それでは変装してきた意味がないじゃない!」


「あなたがいなくなったら、私は……なにを生きがいにすればいいの!」


 バイオレットの声は震えていたが、その瞳には涙が滲んでいた。


 セレーナは深く息を吸い、そっとバイオレットの肩に手を置いた。


「ありがとう、バイオレット。でも、私を誰だと思ってる?成婚率100%のレディ・ルミナス……不可能を可能にする女よ」


「……それは」


「なにより私の会員達の幸せこそが、私が生きている、存在する意味だと思ってる。……だからそれを壊されることだけは、絶対に許せないの」


 セレーナの瞳には強い意志が宿っていた。


「だから、私はルミナスとして弾劾裁判に挑むわ。無実を証明し、ベルトラムの嘘を暴くために」


 その言葉に、バイオレットもアリサも言葉を失った。ただ、セレーナの真剣な表情に見入っていた。


「キリコ、知らせてくれてありがとう」


 セレーナはキリコに微笑みかけると、次の指示を出した。


「これから準備を進めるわ。時間がないけれど、やるしかない」


 キリコは深く頭を下げた。


「セレーナ様、私も全力でお手伝いします!」


 外では風が強まり、夜の空には厚い雲が広がっていた。その中で、一筋の稲光が闇を裂き、遠くから低い雷鳴が響く。


 それは、彼女たちを待ち受ける嵐の前触れに他ならなかった。

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