第42話 さあ魔女狩りだ
夜の街道を一人進む馬車の中で、ヨージはぼんやりと街の明かりを見つめていた。その瞳には微かな光が宿り、口元には冷ややかな微笑が浮かんでいる。
(セバスチャン……この体の前世、ヨハネスの兄。あの男は何もかもが完璧だった)
その脳裏にヨハネスの記憶が鮮やかに甦る。
前世のヨハネスは、常にセバスチャンの背中を追い続けた。だが、それは無謀とも言える挑戦だった。
(ヨハネスは、兄に追いつくためにより危険で、より重要な任務を選ばざるを得なかった。そして、兄が築き上げた計画を支える一駒として、どんな犠牲も厭わない、なかなかに見上げた男だ)
ヨハネスとしての信念は単純だった。セバスチャンのように国を動かすことはできなくとも、その影で支えることこそが自分の使命だと考えていたのだ。そして、その使命を果たすために、彼は兄の命を受けて帝国の穏健派貴族たちと秘密裏に接触し、ベルトラム一派の陰謀を阻止するために情報を集め続けた。
(セバスチャンの狙いは明白だった。グレイスフィールド家を中心に王国を安定させ、ベルトラムのような貪欲な輩を排除すること。そしてそのためには、外圧すらも利用する覚悟があった)
セバスチャンの信念に迷いはなかった。ヨハネスもまた、その信念に共鳴していた。
だが、今や状況は違う。
(その記憶が今、俺の手の中にある。俺を駒のように扱ったセバスチャンと、ルミナス——その両方を、外患誘致の罪で地獄に叩き落としてやる)
ヨージの微笑はさらに冷たさを増した。
(セバスチャン、あの完璧な兄の足元を掬うには、これ以上ない好機だ。ヨハネスの記憶も、過去の俺自身の才も、すべて利用して追い詰めてやろうじゃないか)
そう思いながら、ヨージはふと目の前に広がる邸宅を見つめた。ベルトラムの屋敷だ。門の前に立ち、ふかふかと息を吐く。
(なあ、ヨハネス——お前は兄に勝ちたかったんだろう?その夢を俺が叶えてやろうじゃないか)
ヨージは門を通り、玄関の扉を叩いた。硬い音が夜の静寂を切り裂き、扉の向こうで誰かが動く気配がした。
冷たい夜風に吹かれながら、ヨージの唇には小さなささやきが漏れた。
「さあ、ゲームの始まりだ」
その頃、貴族院議長ベルトラム・オービルは深く椅子に腰掛け、冷徹な目で部下たちを見渡していた。
応接机には精緻な地図と、密偵たちが集めた情報の記録が並べられている。その中に「ウィッチ結婚相談所」と刻まれた書類が目立っていた。
「この『ウィッチ結婚相談所』、そして謎の仮面の女『ルミナス』……」
ベルトラムが低く呟くと、その声は部屋中に響き渡った。
「この女が、グレイスフィールド家のバイオレットと共謀し、縁談を通じて勢力を広げていたわけか。」
彼の言葉に、側近の一人が恐る恐る質問する。
「驚くべきことに、この女の知恵『株式投資』という施策によって、縁談した貴族同士の経済的な結びつきが作られております。」
「株式投資だと?して、その効果はどうなのだ」
「それが……各々の貴族が大きな利益をあげていまして、とくに農地改革に成功したディアグラント家などは目を見張る成長ぶりです」
その数値を見てベルトラムは目を見張った。
「これは——考えようによってはルミナスを陥れるよい口実になるぞ」
(女を葬った後に、この仕組みはそっくり頂くとしよう。)
「しかし、議長。このルミナスという人物、一体どこまで実在しているのでしょうか?出自や基盤も不明でして、我々の情報にも曖昧な部分が……」
ベルトラムは冷笑を浮かべ、机の書類を手に取った。
「実在するかどうかは問題ではない。重要なのは、どう『魔女』として仕立てるかだ。出自もあやふやな方が、それらしいではないか」
その時、執務室の扉が開き、静かにヨージが姿を現した。
「それで、ルミナスの失脚計画を進める段取りは整っていますか?」
ヨージは柔らかい口調で尋ねるが、その瞳には冷たい光が宿っている。
「議長、彼女を追い詰める証拠なら、私にお任せを」
ヨージは机の前に立ち、軽く頭を下げると、滑らかに言葉を続けた。
「例えば、『帝国貴族との密約があった』というこの記録、これは私が収集した貴方の証拠ですが。文書を捏造し、そのルミナスが仕込んだものとして議会に提出すれば、彼女の評判は地に落ちます。そして……『魔女として王国を裏切ろうとしている』という噂が信憑性を増すでしょう」
ベルトラムの目が輝きを帯びた。
「ほう、そのような証拠まで手にしていたとはまさに猛毒よの。ただ味方であれば実に頼りになる男だな、ヨージ」
ヨージは微笑みを浮かべたまま頷く。
「あと、例の財務記録が用意できました。ウィッチ結婚相談所の収益が裏金として帝国に送られている偽の記録です。」
「よし、それを私の印で公文書に見せかけて議会に提出できるよう仕上げろ。」
さらにもう一人が報告を始める。
「『魔女』に関する噂を広める準備は整いました。都市の市場や酒場で『ルミナスという魔女が国に呪いをかけた』という話が広まっています。」
ヨージは満足そうに頷き、間者たちに指示を出し続けた。
(ルミナスを追い詰めるためにもっと利用しろベルトラム。この経緯すべてが貴様の弱みにもなるんだ。せいぜい、俺のを出世させる駒になるがいい。)
彼の内心には冷酷な野心が渦巻いていた。
「議会に出す証拠はこれで十分か?」
不敵に笑うベルトラムの問いにヨージが頷く。
「はい、ですが万が一、ルミナス側が反証を用意してきた場合に備えて、さらに対策を講じておきます。」
「よし、抜かりなく進めるのだ。」
ベルトラムは窓の外を見つめながら、静かに呟いた。
「魔女狩りか……。長い間封じられていたこの手法が、今再びこの王国で使われることになるとはな。」
その瞳には冷酷な決意が宿っていた。
(腐敗は政治の本質であり、それを制する者が常に勝つのだよ。愚かな正義漢どもに、政治とはなんたるかを教えてやろうじゃないか)
夜が更ける中、ベルトラムとヨージの策略は着実に進行していた。
——その三日後、キリコ・バレンティノは、風を切るように馬を走らせていた。
荒い息遣いとともに、彼女の視線はひたすら前方に向けられている。
「急がなければ……大変なことになる!」
焦燥と決意の入り混じった声が静寂を切り裂き、馬蹄の音が響く。
キリコの顔には、不安と緊張が滲み出ていた。もしこれが遅れれば——。
「セレーナ様……どうか間に合ってくれ……!」
彼女の呟きが風に消えると同時に、空には不吉な雲が垂れ込めていた。
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