第41話 最高の友人、最悪の握手

 ラインハルト侯爵家の門前、アリシアはルミナスとバイオレットを見送りに立っていた。三人は友人として共に過ごした日々が思い出されるかのように、和やかな雰囲気に包まれている。


「アリシア、本当におめでとう!最初に会った時の印象からは……いまだにちょっと信じられないわ」とバイオレットが微笑みながら言った。


「ちょっと、バイオレット!私、そんなに変だったか?」


 アリシアは冗談めかして肩をすくめる。


「これでモンスターの異名は返上できるな」と、アリシアが誇らしげに胸を張ると、ルミナスが小さく笑いを漏らす。


「でも……そのアリシア様らしい一面が、アレクセイ様の心を射止めたのです」


「え、もう、二人してそんなにからかわないでくれ!」


 アリシアは少し頬を赤らめて視線をそらすが、どこか嬉しそうだった。


 バイオレットが柔らかい笑顔でアリシアを見つめる。


「少なくとも、アレクセイなら、そのすべてを受け止めて愛してくれるでしょうね」


 バイオレットの言葉に、アリシアはさらに顔を赤らめる。そんな姿を見てルミナスも微笑みを浮かべた。


「似た者同士というか、なんでも話せる、本当にお似合いの夫婦になりそう……よねルミナス」


「ええ、それが……本当の幸せというものです、アリシア様」


「まったく二人して……どれだけ私を茶化したら気が済むんだ」


 アリシアは拗ねたように唇を尖らせたが、その表情は満足げだった。


 するとルミナスがふと真剣な表情に変わりアリシアを見つめる。


「でも、アリシア様。結果的に、あのベルトラム議長に恥をかかせたのです。どんな妨害があるかわかりませんし、本当にこれからが大変な時ですよ。」


 続けてバイオレットがアリシアの手を握って見つめる。


「グレイスフィールド伯爵家としてもこの縁談を陰で支えるつもりだから。どんな時でも頼ってちょうだい」


 アリシアはうなずき、二人の目を見つめた。


「ありがとう、ルミナス、バイオレット!おかげで私は、『本当の幸せ』の道を進むことができる。二人とも、大切な友人……いや親友だ!」


 三人は互いを見つめ頷き合う。


「じゃあ親友同士!もう、固い挨拶はなしよ。次はうちの屋敷でお茶会を開くわ。もちろん、二人の結婚の話もたっぷり聞かせてもらうからね!」とバイオレットがおどけた。


「それなら、とっておきの衣装で行くから楽しみにしててくれ!」


 三人は笑顔を交わし、次のお茶会での再会を誓い合った。


 手を振るアリシアに見送られながら、ルミナスとバイオレットは馬車で帰路についた。


  ◇ ◇


 ——貴族院議長ベルトラム・オービルの邸宅。


 応接間には、ベルトラムとヨージが向かい合っていた。人払いを済ませ、静かな部屋に二人だけの緊張感が漂っている。


「今回のアリシア嬢の縁談の背後にいたのは、セバスチャンです」


 ヨージは静かに切り出し、次に、バイオレットの背後で暗躍している「レディ・ルミナス」という謎の仮面の女性についても語った。彼女が貴族の縁談や力関係に影響を与えていること、セバスチャンが彼女を利用してグレイスフィールドの力を固めていると説明した。


「……レディ・ルミナス。なるほど、その女の仕業だったか」


 ベルトラムの表情が険しくなり、怒りが露わになる。


「私のしかけた縁談をことごとく邪魔しおって……許さんぞ!」


 だがすぐに彼は冷静さを取り戻し、ヨージをじっと見つめる。


「ところで君は何者だ?なぜこのような情報を私に漏らす?」


 ヨージは冷静に微笑んだ。


「私はセバスチャンの過去をよく知る者です。彼の今後の計画も、その弱点も知っている。私を味方に引き入れれば、彼の企みを阻止する手助けができるでしょう」


「セバスチャンの過去……だと?」


「ええ、彼が自分の弟ヨハネスを密偵として使い、あなたを追い詰めようとしていたことがありましたよね?」


「……知らんな。何が言いたい」


「私は、その弟が持っていた情報をすべて把握しているのですよ」


「なんだと……」


「つまり私は、セバスチャンにとっても、あなたにとっても猛毒だということです」


 その言葉に、ベルトラムは目を細めてヨージを観察する。長年、政治の場で数々の陰謀を巡らせてきた彼だからこそ、この男の底知れぬ狡猾さに興味を抱いていた。


 ——ベルトラムはしばしの沈黙の後、ヨージに問いかけた。


「君のような者が、ただで協力するとは思えない。何を望んでいる?」


 ヨージは迷うことなく答えた。


「私の望みはただ一つ、セバスチャンが失脚した後、その地位を私に譲っていただきたい」


 その厚かましい要求に、ベルトラムは思わず驚きの表情を見せたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべた。


「なるほど。君もまた、上を目指しているというわけか。しかし、私の協力を得るには、それなりの働きを見せてもらう必要がある」


 ヨージはうなずくと立ち上がり、窓の外を見やった。


「もちろんです。まずは、セバスチャンの片腕であるレディ・ルミナスを排除しなければなりませんね」


 ベルトラムは冷酷な笑みを浮かべ、ヨージに向かって低く語りかけた。


「ふむ、その仮面の女を始末する方法なら、いくらでもある。だが、単に排除するだけでは面白くない。その女には、我らが『貴族社会を脅かす魔女』としての罪を着せてやるとしよう」


 ヨージは眉をひそめて尋ねた。


「……魔女として?」


 ベルトラムは頷いた。


「そうだ、魔女といえば……最後は火炙りと相場は決まっておろう」


「……」


「つまり『魔女狩り』だ。その女を公の場で吊し上げ、あらゆる罪を着せて弾劾するのだ。魔女が築き上げた影響力ごと、灰にしてしまえばいい」


 ヨージはその計画の残忍さに一瞬言葉を失うも、ベルトラムの政治手腕の恐ろしさに改めて畏怖を覚えた。


「それならば、貴族たちへの噂の流布や証拠の捏造を手配し、仮面の女の悪評を広めてみせましょう」


 そう呟くヨージの顔にも冷酷な微笑が浮かんでいた。


「よかろう。それでは、手を組んで『魔女狩り』といこうじゃないか」


 ベルトラムとヨージは互いの野心と狡猾さを確認し合い、不穏な同盟をとり結んだ。


 その薄汚れた策により、ルミナスセレーナに危機が迫っていた。


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