第30話 アリシアの真の美しさ

 

「私が社交界デビューなんて……冗談だろ?」


 アリシアは呆れたように腕を組み、ルミナスをじっと睨んだ。


 応接室で向かい合う二人。ルミナスは少しも動じず、淡々と話を続ける。


「いえ、真剣ですよ、アリシア様。戦術や武力だけでは国を守りきれません。貴族にとって社交界は何だと思ってますか?」


 ルミナスの問いかけに、アリシアは不満げに答える。


「互いの権力を見せつけるだけのくだらないショーだ」


「違います、社交界とは……『戦場』です」


「戦場だと?」そのワードにアリシアの表情が変わった。


「はい、もうひとつの『戦場』です。そこで相手を知り、己を知ることが『戦わずして勝つ』戦略への第一歩となります」


 アリシアは眉をひそめ、椅子に深く腰掛けた。彼女にとって、社交界というものはただの虚飾にまみれた場所に過ぎない。だが、ルミナスの言う「戦わずして勝つ」というフレーズが頭にこびりついていた。彼女が思い描く戦略とは違うかもしれないが、その理論に何かしらの重みを感じているのも事実だった。


「……ふん、それは否定しない。だが、私がそんな場所に出ても、ただ浮くだけだろう。そもそも何を話せばいいのかもわからない」


 アリシアは渋々と腕を解き、床を見つめた。そんな彼女に、家臣たちが口を揃えて同意する。


「アリシア様、どうかご理解ください。貴方の強さは皆が知っていますが、その強さを社交界での品位に結びつけることができれば……多くの支持者を得られるでしょう。領地の安定にもつながります」


 アリシアは溜息をつきながら、眉をひそめる。


「はぁ……仕方ない、そこまで言うならやってみるさ。でも、どんな格好でいけばいいのだ……」


「ではアリシア様が、一番素敵だと想うドレスを着て見せてください」


 ルミナスが柔らかい微笑みを浮かべながら、アリシアに伝える。


 ——しばらくして。


 アリシアが堂々と現れると、ルミナスは一瞬目を見開いた。そこに立っていたのは、豪奢な軍服スタイルのアリシアだ。金の刺繍が施された肩飾りがあり、胸元には勲章のデザインが輝いている。



「どうだ?」アリシアは胸を張り、得意気な顔で続ける。


「これが私のとっておきだ。素晴らしいだろ?映えるだろ?」


 ルミナスは思わず言葉を失い、数秒沈黙しようやく口を開いた。

 アリシアは胸を張って得意げだが……その場にいる誰もが言葉を失っている。


「……アリシア様、確かにカッコいいですけど……これは社交界に出るためのドレスになりませんよ」


 ルミナスが戸惑いながらも、控えめに指摘する。アリシアは不満そうに唇を尖らせた。


「なんだと?これほどの仕立てはないだろ?威厳も保てるし、ほらこの肩のところなんて……」


 その堂々とした姿勢に、家臣たちも内心で「確かに似合っているが……」と同調しつつも、さすがにそれは違うと感じていた。


 ルミナスは静かに首を振りながら、笑みを浮かべて言った。


「そうですね……でも今回は社交界です。あなた様の本来の魅力を引き立てるためのドレスが必要なのです」


 ルミナスは軽くため息をつきながら説明する。

 アリシアは渋々と承諾し、ルミナスとともに仕立て屋へ向かうことになった。


 ◇ ◇ ◇


 ——貴族御用達の仕立て屋。


 仕立て屋に着いたアリシアは、目の前に並ぶ色とりどりのドレスに圧倒されていた。戦場でどんな敵とも戦ってきた彼女だが、この光景には完全に困惑している。


「ルミナス……どれを選べばいいんだ? 全部似たようなものに見える」


 アリシアは苦々しい表情でドレスを手に取り、材質を確かめながら不満を漏らした。


「動きにくそうだし、こんなものを着てどうやって戦えっていうんだ?」


「アリシア様、社交界は外の戦場とは違います。動きやすさではなく、あなたの美しさと気品を引き出すことが目的です。さあ、これなんてどうでしょう?」


 ルミナスが指差したドレスをみてアリシアは目を丸くした。


「これに……着替えるのか?私が? 」


「着替えるくらいは出来ますよね?……アリシア様」


「あ、当たり前だろ!私をなめるな!」


 少し困惑しながらもアリシアは侍女と共に試着室へ行く。


  ——しばらくして、ドレスを着たアリシアが試着室から出てきた瞬間、ルミナスと仕立て屋、そして周囲にいた家臣たちは息を呑んだ。


「……美しいわ」


 ルミナスが静かに囁くと、アリシアは驚いたように彼女を見つめた。


「そんな、私が? 美しい? ふん、冗談だろ」


「いえ、本当に美しいです。あなたには、戦士としての力強さと品のある美しさの両方あります。それを引き出すためのドレスですわ」


 その言葉に、アリシアは再び鏡に向き直った。確かに、いつもの軍服とは違うが、このドレスを着た自分はどこか凛々しくも見える。だが、その気持ちを素直に表に出すのは恥ずかしかった。


「……まあ、動きづらいことには変わりないけどな」


 アリシアがそう言うと、周囲の家臣たちが感嘆の声を漏らし始めた。


「アリシア様がこんなに美しかったとは……」

「ただ強いだけじゃなかったんですね……」


 その反応に、アリシアは少し照れながらも、どこか嬉しそうだった。彼女自身、これほど多くの人々に見惚れられる経験はなかったのだ。



 ルミナスはそんなアリシアの様子を見守りながら、内心で微笑んだ。


(この子……見た目を整えれば、やはり凛々しい美しさがあるのね。これなら社交界でも一目置かれるに違いないわ)


 ルミナスはこの瞬間を待っていたのだ。アリシアが持つ本来の品位と強さを社交界で活かすことができれば、彼女は戦わずして多くの支持を集め、信頼を築くことができるだろう。


 そしてなにより『縁談』を有利に進めることができる。


「アリシア様、これでドレスの準備は整いましたわね。早速今夜、社交界にデビューしましょう。」


「いきなり?今夜だと!……もうちょっと時間をかけてだな」


「戦場で『待って』など通用しますか?臨機応変こそが勝利の要です」


 アリシアはルミナスの言葉に頷き、心の中で決意を固めた。戦場とは違う、新しい「戦い」に挑む覚悟ができたのだ。


「ふん、こんなドレスで勝負になるとは思えないが……戦わずして勝つことにつながるなら、悪くはないかもな」


 アリシアはそう言いながらも、少しずつ自分の中に新しい自信が芽生え始めていることに気付いていた。


 ——そして夜、ルミナスとバイオレットともに社交界デビューに向けて出発する。


「いよいよ社交界デビューでですねアリシア様。本当に素敵なドレスですわ。ルミナスが選んだだけありますね」


 いつものようにバイオレットが本心から素直にアリシアの変化を褒めた。


「笑われないといいが……こういう場で、良い思い出がないんだ」


 アリシアの表情が曇る。その様子を見たルミナスは彼女の中になんらかのトラウマが存在していることを見抜く。それが彼女の、その後の行動に影響にまで与え、今もなお暗い影を落としているのだろうと察した。


「ならば今夜、あなたの美しさと強さで、過去を見返してあげましょう」


 優しく、そして自信に満ちたルミナスの言葉に、アリシアは前を向き表情を引き締める。


「ま、やるからには全力でやるさ。それが私のやり方だからな」


 彼女はまだ不安を抱えているものの、その瞳には戦士としての決意と令嬢としての品格が宿っていた。


 そして、3人は社交界の新しい「戦場」へと歩みを進めていった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る