第29話 セバスチャンと仮面の騎士
静かな執務室に、書類をめくる音だけが響く。セバスチャンは手元の書類に目を通しながら、訪問者の到着を待っていた。
机の上には政務の記録や領内の報告書が山のように積まれているが、今彼の意識は、ある男の訪問に集中している。
「……来たか。」
扉が軽くノックされ、執事が顔を出す。
「仮面の騎士様がご到着です。」
セバスチャンは静かに頷くと、書類を片付け、椅子の背もたれに寄りかかった。扉が開き、仮面の騎士ヨージが姿を現す。
金色の髪と鋭い瞳。髪と同じ色の鎧に身を包み、無表情な上に銀色のマスクで口元が隠されていて、その感情は読み取りにくい。
誰が呼び始めたかは定かではない仮面の騎士という異名。その姿、動きは静かでありながらも、普通の騎士には無い何か異質な空気をまとっている。
「久しぶりだな、ヨージ。」
「セバスチャン、相変わらず多忙そうだな。」
ヨージは仮面越しに軽い笑みを浮かべるような雰囲気を醸し出した。だが、その表情は読み取れない。セバスチャンもまた、何事にも動じない顔を保ちながら、ヨージを見つめていた。
「君がここに来るということは、何か重要な話があるんだろう。さっそく聞かせてもらおうか。」
ヨージは無言で室内を見回し、窓際に歩み寄った。外の風景を一瞥し、そして、仮面の奥から静かに口を開く。
「俺たちの計画、進展してるか?お前の領地での動きも見させてもらったが、問題はなさそうだな。」
その言葉に、セバスチャンはわずかに眉をひそめた。計画——それは、ヨージがこの国の変革に密かに関与しているという秘密裏の事案だ。だが、その詳細は限られた者しか知らない。
「順調に進んでいる。だが、君の方から提供される情報がなければ、こちらも動きが取りづらい。」
「分かってるさ。」
ヨージは窓から離れ、机に近づいた。セバスチャンの正面に立ち、彼の目をじっと見つめる。仮面が邪魔をして、ヨージの真意は見えないが、その声には奇妙な響きがあった。
「ところで、セバスチャン。お前は『転生者』ってやつについて、どれくらい知っている?」
その唐突な質問に、セバスチャンの表情が一瞬だけ硬くなった。
それはセバスチャンが予想していなかった問いだった。
転生者——現世とは異なる時間や場所から、この世界にやってくるという仮説であり空想上の存在。
彼自身も『転生者』が存在する可能性については限られた情報しか持っていなかったが、何よりその言葉を「知っている」という事実が、ヨージの正体を伺わせていた。
「君がその質問をするということは……自分のことを話そうとしているのかな?」
ヨージは笑うように肩をすくめたが、仮面の向こうの表情は依然として読めない。
「俺の話かどうかは、お前次第だ。じゃあ、こう言おうか。転生者が何を求めて……いや、どうやって世界に現れるのか、それに興味はないか?」
セバスチャンは一瞬考え込んだ。ヨージが『転生者』であるという確証はまだない。だが、彼の存在感や言動は、時折この世界の常識から逸脱していると感じている。
「……君が何者であろうと大きな問題ではない、我々の計画に役立つのなら、協力は惜しまない。それ以上知ってどうするというのだ。」
「協力ね……。まあ、今回はそれだけじゃないぜ。俺はある提案を持ってきた。だが、その前に確認させてもらおうか、セバスチャン。お前はあの男のことをどう思ってる?」
「あの男とは?」
「俺が仮面の騎士になる前の、男だよ」
セバスチャンの瞳がわずかに揺れる。今のヨージとよく似たその男は、既にこの世にいないが、その死にはセバスチャンが関わっているという噂が囁かれていた。セバスチャンはその一瞬の動揺を抑え、冷静に答えた。
「彼は優秀だった。だが、あまりにも脆弱だった。」
「はは……脆弱、ね。確かに、そうだったのかもしれない。お前の手で彼が消えたという噂を、俺も聞いたことがある。だとすれば俺がここにいるのも、お前のおかげと言っていい。」
「どういう意味かな……」
その言葉に、セバスチャンは微かな緊張を感じた。ヨージの存在が、あの男と関係があり、自分が『転生者』だと言ってるようにも聞こえる。
だとすれば『あの男』が目の前で皮肉な形で蘇っている。という事でもある。
「君が何を言おうとしているのか、分かっている。だが、今さらそれを持ち出すのは無意味だろう。現に君は、彼ではない。その中身は仮面の騎士、ヨージだ。」
「その通りだ、セバスチャン。俺は彼じゃない。ただ、過去の記憶を持っているとしたら……どうする?扱い方が変わるんじゃないのか?」
セバスチャンは椅子から立ち上がり、ヨージと向かい合った。二人の間に張り詰めた緊張感が漂う。
「君が何者であろうと、私たちの目的が一致している限り、協力は惜しまない。だが、もし裏切るようなことがあれば……。」
「安心しろ。俺は裏切らないさ。少なくとも、お前が俺に対して誠実でいる限りはな。」
ヨージは仮面の奥で薄く笑ったような気配を見せた。セバスチャンは冷静を装いながらも、内心ではヨージの一挙手一投足に注意を払っている。この男の正体が明かされる日は遠くない、だが今はまだ、その時ではない。
「それで、提案とは何だ?」
「俺が得た情報だが、どうやらお前の屋敷の中に、内通者がいるらしい。そいつは俺たちの動きを監視している。」
セバスチャンの目が鋭く光る。「内通者だと?」
「お前の信頼している誰かだ。その人物が、俺たちの計画を妨害しようとしている。だが、名前はまだ分からない。いずれ明らかになるさ。」
「……その情報が正しければ、感謝しよう。だが、ヨージ。君も今、非常に危険な立場にいることを忘れるな。」
「もちろん分かっているさ。俺は、最初からずっと危険と隣り合わせで生きているからな。まあ……そういう運命、いや設定なんだろうな。」
セバスチャンはその言葉にわずかに眉をひそめたが、何も言わなかった。ヨージが何を知っているか、その全貌はまだ分からないが、この男が特別な存在であることは疑いようがない。
「また連絡する。お前の反応次第で、俺も動きを決めるさ。」
ヨージは仮面を撫でながら、執務室を後にした。
セバスチャンは静かにため息をつき、机に戻る。その背中に、重くのしかかる責任と疑念が漂っていた。
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