第27話 豪傑アリシアとの出会い

 馬車が停まると、レディ・ルミナスに変装したセレーナとバイオレットはラインハルト侯爵家の領地に到着した。ルミナスセレーナはその威容を目の当たりにし、感心したように目を輝かせる。


「大きな屋敷ね……さすが国境を守る侯爵の本拠地だけあるわね」


 すると護衛剣士アルバートが答える。


「ええ、ここは街全体が防護壁で守られた要塞都市です。難攻不落とはまさにこのことでしょうね。」


 ルミナスセレーナは貴族の屋敷というより、むしろ砦か城郭と呼ぶ相応しい外観を一瞥し、その設計に防衛を重視した意図が感じられることに気付いた。窓や出入り口の造作を見るだけでも、これまで訪れた貴族の邸宅とは異なる戦略的な実用性が目立つ。さすが、国防を担う家系だと思った。


 門が開かれると、彼女たちは従者に案内され、広大な訓練場へと通された。そこでは赤く長い髪の女性が数人の兵士を相手に訓練を行っていた。


 その女性は短い指示を出しながら、鋭い剣技を披露していた。その動きはしなやかで、なおかつ力強く、体は大きくないのだが、まるで男性の戦士のような精悍さを感じさせる。彼女が片手で剣を振り下ろすたびに、見ている者に緊張感が伝わってくる。


「まさか……あれがアリシア様?」


 バイオレットは驚きを隠せなかった。その女性とは思えない戦闘能力を目の当たりにし、言葉を失った。


「私も剣技には自信がある方ですが、あの方と戦えばおそらく数分ともたないでしょうね」


 護衛剣士のアルバートもアリシアの剣技を食い入るように見つめながら感心してるようだ。


「ええ、見事ね。あれほどの剣技を持つ貴族は、男性にもなかなかいないでしょうね」


 セレーナもまた、彼女の動きに感心していた。だがその一方で、ただ腕が良いだけの剣士ではないことを既に感じ取っていた。周囲への指示や動きの効率性など、冷静で計算された行動が伺える。


 訓練が一段落すると、アリシアはようやくセレーナたちの存在に気付き、彼女たちの方へ向かってきた。近づくと、その赤い瞳がルミナスセレーナとバイオレットを鋭く見据えた。


「ほう、アナタが例の婚活コンシェルジュか?今はまだ訓練中だ、奥の応接室でしばらく待っててくれないか」


 アリシアは令嬢らしからぬ、男言葉に近い口調で軽く声をかけると、訓練場の片隅に置いてあったタオルで汗を拭いた。彼女はまったく気負いもせず、ルミナスセレーナ達を迎え入れたが、どこか壁を作っているようにも見えた。


「ありがとうございます、お待ちしますのでどうぞごゆっくり」


 ルミナスセレーナは軽く頭を下げながらも、アリシアが無意識に作り出している距離感に気付いた。


(彼女……ただの豪傑じゃないわ。気遣いや注意力が随所に感じられる。まるで自分がどう見られているかを冷静に把握しているみたい)


 応接室に移動すると、そこには中央の大きめのテーブルを囲む様に木製の椅子が配され、壁には国境沿いを描いた戦略地図や、武器や鎧の類がかかっていた。

 貴族が賓客を迎える場というにはあまりに質素であり、むしろ作戦会議室と言った雰囲気だ。



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 部屋で待っていると、訓練を終えたらしいアリシアがルミナスセレーナとバイオレットの元へやってきた。彼女はルミナスが座る目の椅子に腰を下ろし、少しリラックスした表情を浮かべた。


「で、今回はアンタが縁談をまとめるために来たってわけか。わざわざ遠くからご苦労だった。どうせ中央では私のことを『モンスター』とか『変人』とか聞いてきたのだろ?」


 ルミナスセレーナはその言葉に、わざと自嘲するような響きを感じた。だが同時に、アリシアのその表現が自分の本質を隠すための手段であることをも見抜いた。


「そのような噂は存じておりませんが。むしろ、アリシア様は……王国と、この領地を守るためにご自身を鍛え上げているのだと感じました。それは至極当然の心構えですわ」


 その言葉に、アリシアは一瞬目を見開いたが、すぐに軽く笑った。


「ふん、そうか。だが、たしかに私は戦うことが好きだよ。抑止力がなければ、敵は簡単にこちらを侮る。それを防ぐために、こうして鍛えている。力が必要だからな」


 アリシアは強さを求める理由を淡々と説明した。セレーナはその話を黙って聞きながら、アリシアの真の目的に気付いていった。


(今の瞳の奥の揺らぎ……本当に戦うことが好き?……違うわね。彼女が本当に望んでいるものは……別にある。……自分の役割を、強くあらねばならないというプレッシャーのようなものを感じる)


「アリシア様、今のお話について……少し伺ってもよろしいでしょうか?」


ルミナスセレーナの黒い瞳が輝き、アリシアを見据えた。


「ん?なんだ、何か気になることでも?」


 その凛とした態度に、アリシアは興味をそそられる。


「確かに強さは必要ですし、抑止力があれば敵も簡単には攻めてこないでしょう。でも……本当にそれだけで、領土の安定は保てるのでしょうか?」


 ルミナスセレーナは一見無邪気な質問を装いながら、アリシアの反応を探った。すると、アリシアの表情が一瞬引き締まった。


「……さあな、深く考えたことはない。だが、強くあることで初めて交渉のテーブルにつける。弱ければ、何を言ったところで聞いてもらえない。それだけは確かだ」


 ルミナスセレーナは、彼女のその言葉にも真実が含まれていることを理解した。だが同時に、それだけではないことを感じていた。


(彼女は、ただ力を誇示したいわけではない。むしろ、力を使わない方法を模索している。でも……それを表に出せないんだわ。彼女は自分の役割に縛られている)


「確かにそうですね。でも……もし、争いを避けて領土を守る方法があるとすれば、アリシア様はどうお考えになりますか?」


 ルミナスセレーナの問いかけに、アリシアは再び驚いたような表情を見せた。そして、その赤い瞳がセレーナをじっと見つめた。


「……貴族の政略的な縁談が、そのような未来をもたらす。とでも言いたいのかな?」


 ややゆっくりと強い口調で、アリシアが聞き返す。


 その言葉の圧に動じることなくルミナスセレーナは毅然と答える。


「そこまでは言いませんが、もしそうした方法があったとすれば、兵士や領民の被害は少なくて済みます。命を尊ぶ心、またその人間性こそ、最大の抑止力になるのではないでしょうか?」


 アリシアは一瞬黙り込んだ。その赤い瞳は鋭くルミナスを見つめ、彼女の言葉に何か感じ取ったようだった。力こそが最大の抑止力と信じているアリシアにとって、ルミナスの考え方は新鮮でありながらも、ある意味で挑戦的だった。


「……なるほど、レディ・ルミナス。まあ、面白い考え方だ。だが、領土の安定や戦争の回避を語るなら、それ相応の知識や戦略……何より『思想』が必要だ。アンタがそれを持っているのか、確かめさせてもらおうか」


 アリシアは立ち上がり、テーブルの上に大きな戦術図を広げた。そこには、彼女が直面している最も厄介な模擬戦のシナリオが描かれていた。


「これを見ろ。これは、私が考えた模擬戦のシナリオだ。敵の兵力は我が軍の5倍、領土は平地が多く、防衛に適していない。だが、ここを失えば中央への進攻が始まる。アンタならどう戦う?」


 そういうとアリシアは不敵な笑みを浮かべ、燃える様な赤い瞳でルミナスを見据えた。


 ルミナスがどれほど知略に長けていようとも、戦争の知識などあるはずもない。


まるで鼓動が聞こえるかの様に場が静まり返り、空間が異様な緊張感で包まれいった。

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