第26話 どこかの神の見えざる手
仮面の騎士ヨージの言葉が、セレーナの頭の中で響いた。
(……物語が進まないですって?まるでシナリオがあるような言い方……ね)
セレーナはヨージの言葉が『俯瞰的』だったことを直感的に悟った。その上で『シナリオ』の意味を探ろうとしたが、まず彼が何者なのかを知ることの方が重要だ。
身なりは貴族系の騎士だが、相応しくない奇妙な口調。防塵マスクのような仮面。………どこか『現代的』な違和感。
そして何より、なぜバイオレットのことを知っているのか。
バイオレットは、セレーナにしがみついたまま、その不思議な状況に怯えている様子だったが、ヨージを見て安心したように言った。
「あなたは……また助けていただいて、本当にありがとうございます!」
その言葉に、セレーナは即座に反応した。
(『また』……ってことは、バイオレットは前にもこの仮面の騎士に助けられたことがあるということ?)
セレーナはバイオレットの言葉から、ヨージがただの通りすがりではないことを悟った。彼は何かしらバイオレットに関与している、もしくは見守っている存在?しかし、その目的が何かまではまだわからない。
「知っているの?」セレーナがバイオレットに問いかけると、バイオレットは少し戸惑いながら頷いた。
すると隣にいた護衛剣士のアルバートが口を開いた。
「以前……バイオレット様が街道で何者かに襲撃された事がありまして、私も護衛についていましたが相手の人数が多く苦戦してたところに、この仮面の騎士様が現れ助太刀頂いたのですよ」
(なるほど………偶然にしては出来過ぎね。この男が、バイオレットに起こるトラブルを事前知っていた……または察知出来るってことか)
セレーナは少し考え込みながらも、再びヨージに向き直った。金色の髪と瞳。目つきは鋭く高貴な印象に欠ける。何より立ち姿、身振りから貴族騎士というには違和感がある。
マスクで表情がわからず何を考えているのかを読ませないが、彼の振る舞い、声の調子、そして何より彼が放つ空気感には現代人の持つ独特の雰囲気を感じる。
(まさか、彼も……転生者?)一瞬そんな考えが頭をよぎったセレーナだったが、それを確認するすべは今のところなかった。
「ヨージ様は、どちらの騎士様でしょうか?是非ご主人に御礼をしたいと思います」
「え?悪役……いや、まあセレーナ嬢に礼をされる筋合いはないよ。俺は自分のやるべき事をやってるだけだからな」
(今のは悪役令嬢と言いそうになったのかしら?どうやらシナリオとして世界を把握してる可能性があるわね。身元も誤魔化したし、やはり転生者かも……)
だとすれば、自分もマスクをして身元を隠しておくべきだった。移動中とはいえ慎重に動くべきだった。そうセレーナは自省しつつ、ヨージからもう少し情報を引き出そうとしたが、その時、後ろから先ほど助けた旅人たちが近づいてきた。
「ちっ……面倒だな。じゃあ、俺はこれで失礼するよ」
ヨージはその声に反応するように面倒くさそうに舌打ちをし、軽く手を振るとその場を離れようとした。
「ありがとうございました!せめてご主人のお名前だけでも」
バイオレットが呼び止めようとしたが、ヨージは振り返らず、軽い足取りで馬車の影に消えていった。
(彼は何か重要な事を隠している……でもいずれまた会う事になりそうね)
セレーナは少し悔しさを覚えたが、今は目の前の旅人たちの対応が先決だった。旅人たちは先ほどの一件を解決してくれたことに深く感謝し、セレーナとバイオレットにお辞儀をしていた。
「先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました。あのままではどうなっていたか……」
リーダー格と思われる男が頭を下げる。彼は、先ほどのやりとりの最中でも落ち着いていて、動作ひとつひとつに無駄がなく、言葉遣いもどこか丁寧だった。セレーナはその仕草に違和感を覚えた。
(ただの旅人……ではない。隠してはいるけど、この振る舞い方はおそらく貴族のもの。さっきならず者に絡まれていたのも偶然では無い気がするわね)
セレーナは表情には出さず、内心でその男を観察し続けた。そして、ふと気づいた。彼が持っていた手袋の紋章。そこには、何かしらの家紋が刻まれていた。
(あの紋章……見覚えはあるけど……)
セレーナは思い出せそうで、はっきりとは思い出せない。国内の貴族情報は全て記憶している筈だが見落としていた家があったのかもしれない。セレーナは記憶を更に探ろうとしたが、その男が口を開いた。
「これはささやかな感謝の印です。どうか受け取ってください」
男は、美しく装飾された小さな卵型の小物をに手渡した。セレーナそれを手に取り、しげしげと眺めた。(これはヴィネグレットね)
ヴィネグレットとは、小物中の布の部分に(気付け薬)を入れる貴婦人用のジュエリー。何か特別な力を感じるわけではなかったが、複雑で精巧な意匠だった。
「これは素敵な品をありがとうございます。」
セレーナはそのヴィネグレットをポケットにしまい、再び旅人たちに軽く頷いた。
「それでは、お気をつけて。この先も安全な旅を」
旅人たちは再び礼を言い、静かにその場を去っていった。セレーナはその背中を見送りながら、この街道での出会いが偶然ではなく、何か運命的な意図があるように感じざる得なかった。
(この……ヴィネグレットも何かの鍵になるかもしれない。)
そう考えながら、バイオレットと共に馬車に戻った。再びラインハルト侯爵家への旅を再開しつつも、セレーナの頭の中は先ほどの仮面の騎士ヨージのこと、そして旅人の男のことがぐるぐると渦巻いていた。
「セレーナ、どうしたの?」
バイオレットが不安そうに問いかける。セレーナは微笑んで首を振った。
「大丈夫よ。さあ、先に進みましょう」
次なる挑戦が待つ場所へ、セレーナたちの馬車は静かに走り出した。
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