第25話 旅人と謎の仮面の騎士
ラインハルト侯爵家へ向かう馬車が、街道を静かに進んでいた。前に護衛を兼ねた
「ねえセレーナ、こうして一緒に出かけてると、なんだか小旅行みたいね」
バイオレットが嬉しそうに微笑み、話しかけた。本当の旅行はお預けになったが、結果的にセレーナと一緒にいる時間が増えたことを喜んでいるようだった。
「旅行みたいって……バイオレット、今回はただの遊びじゃないのよ。私はアリシアに会ったことすらないし……あのセバスチャンが仕込んできた縁談なのだから、油断はしないでね」
セレーナはやや苦笑しながらも、バイオレットの無邪気さに少し微笑んだ。
「わかってる、でも……セレーナならきっとなんとかできそうな気がする。いいえ、絶対に成功すると思う。でも……不思議なんだけど、どうしてそんなに性格?というか考え方?が変わったの?」
バイオレットは疑問を口にしながらも、目を輝かせてセレーナを見つめた。昔はあんなに高慢で冷たいと感じていたセレーナが、今では誰よりも信頼できる存在になっているわけで、日に日にその変化が気になっていた。
「うーん、そうね……以前は事情があって、あなたに少し厳しく接していたかもしれない。でも、もうその必要がなくなったのよ。今は、あなたは私にとって本当に大切な存在。まるで妹みたいなものよ」
セレーナは優しい笑みを浮かべ、バイオレットの肩に手を置いた。その言葉に、バイオレットの頬はうっすら赤く染まり、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「妹だなんて……嬉しいな。でも、そう言ってもらえると、もっと甘えたくなっちゃうかも」
「うふふ、別にいいわよ。甘えたければ好きに甘えて」
セレーナが軽く笑うと、バイオレットはさらに嬉しそうに微笑んだ。そして、しばらく二人は何気ない話をしながら旅を続けていた。
「そういえば、アルトの事はどうなのよバイオレット。前にも言ったけど、あなたから彼を奪ったのも事情があったからで本意じゃないし、彼が今も愛してるのはあなたなのよ」
「うーん、アルトが去った時は悲しかったよ。でもそれは、恋愛というより、彼とは幼馴染で小さい頃からずっと一緒だったから……家族を失ったような、そんな気持ちだった気がするの」
「え?じゃあ今は……どうなの?」
「うーん、今はセレーナがいてくれるから……ぜんぜん寂しくないかな」
(どうやら本音みたいね……困ったな、アルトの事どうすればいいのよ)
そんな穏やかな会話が続く中、突然馬車が停まった。何か前方で騒ぎが起きているようだった。
「何かしら……」
セレーナが馬車の窓から外を覗くと、旅人たちが数人の男たちに囲まれて、激しく言い争っている光景が目に入った。
「トラブルかしら。ちょっと見てくるわね、バイオレットは馬車の中で待っていて」
セレーナはそう言うと、馬車を降りて騒ぎの方に向かっていった。
「セレーナ……気をつけてね!アルバート、彼女に付いてあげて」
バイオレットの指示に従い、馬車を御していた護衛の剣士アルバートがセレーナの元へ向かう。
ならず者たちは、旅人たちに対して因縁をつけ、何やら賠償金を請求しているようだった。セレーナが近づくと、その場は一瞬静まり返り、ならず者のリーダー格の男がセレーナに向き直った。
「なんだ?貴族のお嬢さんか?ここはあんたのような身分の人が来るような場所じゃないぜ」
リーダー格の男は威圧的な態度で言い放ったが、セレーナは動じることなく、冷静に状況を見極めていた。
「ねえ、これは何かの誤解かしら?賠償金を請求されているみたいだけど、具体的な理由を聞かせてもらえるかしら?」
セレーナの冷静な質問に、リーダー格の男は少し戸惑ったように目を泳がせた。
「そいつらが、俺たちの置いてた荷物を壊しやがったんだ!だから、当然賠償金を払わせるって話さ」
(置いてた……が嘘ね。そもそも馬車が行き来する路上に荷物なんて置くわけがないでしょ)
「なるほどね。でも、さっき通りかかったときは、『道を妨害した』って言ってたように聞こえたけど?」
「実際にこいつらが邪魔で、追い越せなかったんだよ!だから呼び止めたんだ」
「へえ、邪魔だから呼び止めたのね?じゃあどうやって先回りして荷物を置いたのかしら?」
「なんだと?!俺たちは被害者なんだよ!先を急いでるのに邪魔された上に荷物まで壊されたんだからな」
(これも嘘。話が二転三転するのは何も準備していない思いつきの犯行……もしくは妨害が主旨)
「じゃあ、賠償金額を決めましょう。証拠を見せてもえる?荷物が壊れたのよね?その壊れた中の物を見せてもらえるかしら?私が計算してあげる」
セレーナの問いに、リーダー格の男は一瞬言葉を失い、焦った表情を浮かべた。仲間たちも動揺し始め、何も言い返せない様子だった。
セレーナは冷静に状況を分析しながら、彼らの嘘を見抜いた。
「正当な賠償額が決められないのなら、この話はここで終わりね。どうぞ、お引き取りを」
セレーナが静かに告げると、ならず者たちは完全に言い負かされた様子で、リーダー格の男が舌打ちをしながらその場を離れ始めた。
「くそっ、面倒な女だな……行こうぜ」
「憲兵に気をつけてね。この辺よく通るらしいわよ」
男たちはぶつぶつ言いながらも、セレーナの前から退散していった。セレーナはそれを見届けて、旅人たちに向き直った。
「もう大丈夫ですよ」
旅人たちは安堵した様子で、深々と頭を下げた。しかし、その瞬間、セレーナは背後で馬車が動き出す音を聞いた。
「バイオレット!?」
セレーナが振り向くと、ならず者の一人が馬車を奪い、馬車ごとバイオレットを連れ去っていた。御者がセレーナに付き添っていたため、馬車にはバイオレット一人が残されていたのだ。
「追いかけるわよ!」
セレーナは急いで走り出し、護衛剣士アルバートも慌てて馬車の後を追った。馬車はかなりの速度で逃げていったが、しばらく追いかけると、道の先で馬車が急に停車しているのが見えた。
その近くには、仮面をつけた騎士が立っていた。彼は馬車から降りてきたならず者とその仲間を既に倒していた。
「あれは……仮面の騎士?」
アルバートが、その男を見知っているように言った。
馬車の近くに着くとバイオレットが降りてきて、セレーナへ駆け寄り抱きついてきた。セレーナはバイオレットが無事な様子に安心しながらも、仮面の騎士の存在が気になっていた。
仮面の騎士は、ならず者達を倒した剣を腰に収めると、二人の様子をじっと見守っている。
「ありがとうございます……でも、あなたは一体?」
セレーナが問いかけると、仮面の騎士は少し驚いた様子で答えた。
「俺の名前はヨージ。だけど……なんでバイオレットとセレーナが仲良くしてるんだ、どういうことだ?」
ヨージは仮面越しにセレーナを見つめ、少し驚き呆れたような声を上げた。
「ったく……これじゃ話が進まないじゃん。」
その不可解な言葉使いと内容に、セレーナはさらに混乱した。
彼は何者なのか?
——そして、なぜ「話が進まないじゃん」という言葉を口にしたのか?
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