第24話 バイオレットとアリサの憂鬱

 バイオレットの屋敷の庭園に、清々しい朝の光が差し込んでいた。


 そこには、セレーナ、アリサ、バイオレット、そしてキリコの4人が集まり、茶会のテーブルに囲まれて座っていた。話題はもちろん、セバスチャンからけしかけられたアリシア・フォン・ラインハルト令嬢の縁談についてだった。


「セレーナ!なんでこんな無茶な仕事を引き受けちゃったの?」


 バイオレットは頬をふくらませ、少し不満げな様子でセレーナを見つめた。ここ数ヶ月で、バイオレットはすっかりセレーナに懐いてしまい、まるで姉に甘える妹のようになっていた。敬語もなく、呼び捨てで「セレーナ」と呼ぶことが日常になっている。


「バイオレット、それはね、セバスチャンが私に面倒事をやらせたくて巧妙に仕掛けてきたことだから。婚活ならどうせい避けては通れないし、引き受けるしかなかったのよ」


 セレーナは、後輩をなだめるように優しく答えながら、紅茶を一口含んだ。バイオレットはまだ納得がいかない様子で、テーブルに肘をつきながらキリコを睨むように見た。


「それにしても、キリコ!あなたが付いていながら、どうしてこんな大変な案件がセレーナに押し付けられるのよ!」


 バイオレットの怒りはキリコに向けられた。彼女にしてみれば、セレーナと隣国への小旅行を計画していたところに、この縁談の話が割り込んできたことが不満だったらしい。キリコは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。


「バイオレット様、申し訳ないですけど、セバスチャン様が相手ですからね。私でも止められるものじゃないんですよ。それに、セレーナ様はこの縁談で何か大きな策を考えているんです。ほら、セレーナ様はいつもそうでしょう?」


「うーん、それは分かってるけど……セレーナ、どうせならもう少し私との時間を取ってくれてもいいじゃない。最近、ちょっと忙しすぎるわよ?」


 セレーナは周囲に悟られないようにキリコの凛々しい姿を脳内メモリーにスナップショットしまくっていたのだが、ハッと我に帰った。バイオレットの口調はどこか甘えた響きがあり、少し拗ねたようにも感じられたからだ。


 そのやりとりを見て、突然アリサが割り込んだ。


「バイオレット様には、キリコさんがいらっしゃるじゃないですか。セレーナ様は本当にお忙しいんですから、あまりわがままを言わないでください」


 アリサはしっかりとメイドの立場を守りながらも、セレーナが最近バイオレットにばかり時間を割いていることに少し不満があるようだった。ここ数ヶ月で、アリサもセレーナに対して強い敬意と憧れを抱くようになっており、その姿をバイオレットと競り合っているように感じることもある。


 バイオレットはアリサの言葉に少し驚いたが、優しく微笑んで答えた。


「そうね、アリサの言うことも分かるわ。でも、セレーナと私は特別な時間を過ごしたいのよ。あなたには理解できないかもしれないけど、私は彼女が大好きなの」


 その言葉にアリサは少し目を見開いたが、負けじと応戦する。


「私だって、セレーナ様の結婚相談所ために尽力してきました!そんな風に独占しないでください、バイオレット様。セレーナ様をお守りするのは私の仕事でもあります!」


 立場の垣根を超えたアリサとバイオレットのまさかの対抗心に、セレーナは心の中でクスリと笑った。前世の佐藤真奈美の頃も、女子にはモテる体質だったことを思い出す。特に中学生の頃はバスケ部のエースだったこともあり、後輩たちからの黄色い声援を受けたり、バレンタインにはチョコをいくつももらったりしていた。つまりこういう状況には慣れている。


「もう、二人ともそんなに張り合わないでよ、アリサ、あなたメイドなのだからもう少しバイオレットに気を使いなさいね。」


 そういうとセレーナは軽くため息をつきながら、バイオレットの頭を優しく撫でた。


「今度、ちゃんと時間を作るから。バイオレット、そんなに心配しないでね」

「本当に?約束だからね」

「はいはい、約束よ」


 その言葉にバイオレットは満足そうに微笑み、甘えるようにセレーナの手を握った。

 そしてちらりとアリサの顔をみて、ニンマリと笑う。


 そのやりとりを見て、アリサが少しむっとした表情を浮かべる。


「な、ちょ、バイオレット様だけずるいです……」


 そんなアリサに、セレーナは苦笑いを浮かべて答えた。


「アリサの事も私はいつもちゃんと見てるわよ。だから、そんな顔しないの」


 その様子を見て、キリコが深い溜息をついた。


「もう、皆さん、いい加減にしてくださいよ。今日は何のために集まってるんですか?アリシア・フォン・ラインハルト令嬢の縁談について、ちゃんと作戦を立てないといけないんですよ!」


 キリコが冷静に突っ込むと、セレーナとバイオレットはようやく話の流れを現実に戻した。


「そうね、ラインハルト家の縁談……これは本当に難しい問題だよね」


 バイオレットは真剣な表情に戻り、アリシアの縁談についての話を切り出した。


「アリシア様は、帝国との国境を守るラインハルト侯爵家の長女で国防に関わる重要な存在。でも彼女はかなり頑固で、自分の意志を曲げない人。今までいくつもの重要な縁談を途中で破談にしたって聞いてるわ」


 それに被せるようにキリコが報告を続ける。

 

「ええ、アリシア様は令嬢というより……豪傑という方が近い、なかなかの人物ですよ。そもそも男性には興味がないという噂もありますし、何よりあの……性格がちょっと変わってましてね」


「そんなに変わった人なの?」


 セレーナが少し驚いた様子で問いかける。


「ええ、まあその、王宮内では密かにモンスターと揶揄されてるくらいでして……」


「令嬢なのにモンスターですって?……それはかなり問題ね」


「はい、だからこそ、これはセバスチャン様からの挑戦なのですよ。セレーナ様があのアリシア様をどう扱うか、見たくてしょうがないんでしょうね……あの人たぶんセレーナ様のことが好きで好きでしょうがないんでしょうね!」

 

「はあ?なんでそうなるよ……どうみても嫌がらせじゃないこんなの」


 すると半笑いの顔でバイオレットがセレーナを見つめて呟いた。

 

「セレーナって、人の心理を完璧に読むことが出来るのに、自分のことになると鈍感よね」


 横でうんうんと小さくアリサが頷いている。

 

(何を言ってるのこの人たちは……さっぱり意味がわからないわ)

 

「とりあえず、どんな相手だろうと『婚活』なら絶対に私は負けないから」

 

 セレーナは小さく微笑んだ。その笑みには、セバスチャンが仕掛けてきた難題を解決するための知恵と自信が溢れていた。


「どんな人でも本音を知れば対策はあるわ。彼女が本当に求めているものさえ掴めれば、この縁談も解決に向かうはずよ」


 セレーナの言葉に、バイオレットとキリコは黙って頷いた。二人はそれぞれがセレーナに絶対的な信頼を寄せている。どんな難題でも、彼女ならば必ず解決してくれる——そんな安心感が広がっていた。


「じゃあ、まずはアリシア様の本音を探るところから始めましょう」


 セレーナは決意を込めて、次なる行動の準備を始めた。

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