第20話 初めての成婚達成
アレクと結んだ事業契約書を持参し、リリィの父親を説得するための訪問だ。
「父は保守的で、特に私の結婚に関しては、経済的な安定が最も重要だと考えています。私が結婚したい相手が……アレクのような小貴族だと聞いたら、きっと反対するでしょう」
馬車の中、リリィは緊張した面持ちでそう語った。彼女は父親に対して絶大な信頼と敬意を持ちながらも、彼の厳格な価値観が今回の結婚において障害となることを恐れていた。
「大丈夫です、リリィ様。私がしっかりと説明します。つまり経済的な問題はクリアになると確信しています。しかし、最も大切なのは、あなたが望む幸せを、ご自身の意思をしっかりお父様に伝えることです。それを忘れないでください。」
ルミナスは仮面越しに静かな声で答えた。彼女の自信に満ちた態度が、リリィに少しの安堵をもたらした。
バイオレットも静かに頷き、リリィの手を優しく握った。
「私たちが一緒にいますから、心配しないでください」
馬車は静かにリリィの実家に到着した。重厚な扉を開けると、リリィの父親、アルバート公が厳しい表情で迎えた。リリィは父親に頭を下げ、静かに挨拶を交わした。
「父様、今日は……大事なお話があります」
リリィはアレクとの想いを父であるアルバート公に恐る恐る伝えた。
「リリィ、話はわかった。だがな、お前が望む相手について、私にはどうしても納得できない。あのアレクという小貴族が、お前の夫にふさわしいと本気で思っているのか?」
アルバート公は冷静だが、その声には疑念がありありと表れていた。リリィは言葉を失い、視線を落とした。彼女は父親の許可を得ることがどれほど難しいか、痛感していた。
「アルバート公、お時間をいただきありがとうございます」
「私は、レディ・ルミナスと申します。リリィ様のご相談を受け、この場に参りました。お父様がご心配されていることは重々理解しております。しかし、アレク様の小貴族としての財力が乏しいということは、すぐに解消されることをご存知でしょうか?」
「……ほう?それはどういうことかね?」
アルバート公は少し興味を引かれたようだが、依然として慎重な表情を崩さない。彼は椅子に深く座り直し、ルミナスを見据えた。
「アレク様は現在、私の提案による新しい事業計画を進めています。」
そう言うとルミナスは用意していた事業計画書をテーブルに広げた。
「彼の領地は広大ながらも、これまで痩せた土地とみなされてきましたが、新たな事業計画により極めて高品質な農地へと変わろうとしています。また、その農地で栽培される果物、特にオレンジは、今後市場に出回る最高級品となるでしょう」
説明しつつ手元の事業計画書の細かいデータや予測収益を示した。そこには収益見込みの数字が具体的に記されており、その実現性が強調されていた。
「ここ数年で農業収益が大幅に増加する見込みです。元々大貴族に匹敵する広大な領地ですから、数年後には、安定した収益が見込めます。つまり、リリィ様を経済的にも幸せにする準備が着実に進んでいます」
その言葉に、アルバート公の表情が一瞬揺れたが、まだ完全には納得していない様子だった。
「ふむ……たしかにこれは魅力的な事業だが、あくまで未来の話だ。今この瞬間、アレクが私の娘を幸せにできるかどうかは、依然として疑わしい。不確かな未来に、私の娘の将来を賭けることなどできん。」
「貴族と言っても……その財務状況が健全かなんて、外からは分かりませんよね」(アルトのようにね……)
「しかし、縁談が進むハズブルグ家には貴族院議長殿の推薦状もある。リリィは私の唯一の娘なんだ、可能な限り安定した生活を送ってほしいのだよ」
(ほう、やはりベルトラムが裏で動いていた……これはやりがいがあるわね)
アルバート公の声は、娘を守ろうとする父親の強い意志に満ちていた。彼にとって、リリィの結婚相手に求めるものは経済的な確実性。
(でも彼の頑固な表情の奥には、自己犠牲と悲壮感が見える。ある意味で無理をしている……ってことね)
ルミナスはここで用意していた切り札を出す。手元から証書を一枚取り出し、アルバート公に差し出した。
「これは、アレク様との間で交わした
「株式……投資?」
「はい。この証券と引き換えに、アルバート公ご自身がアレク様の事業に出資者として参加することができます。つまりこれから育つオレンジ株の権利を購入するようなものですね。」
「つまりアレクの事業に出資しろと言うのだな」
「その見返りとして事業収益の成長に応じて配当金を得られます。つまりリリィ様が嫁がれるディアグラント家を支援しながら、アルバート家にもしっかりとした利益をもたらすことが可能な仕組みです。」
アルバート公はその内容に驚きつつも、証券と契約書類に目を通し、真剣な表情で考え込んだ。
「なるほど、リリィが嫁いだ先の領地経営に、我がアルバート家が経済的な支援を続け、得られた利益を分け合う関係を築くことができるということか……」
このルミナスの提案は、これまでの貴族社会の常識を超えた斬新なアイデアだった。通常、貴族の領地は売買や譲渡が禁じられているが、この仕組みならば他の貴族の領地から、合法的に利益を得ることができる。しかも、奪い合うのではなく戦略的な互恵関係だ。
アルバート公にとって、この新しい契約の仕組みは未知のものだったが、その仕組みが革新的で将来性が高いことは明らかだった。
「その通りです。これは血縁の繋がりを狙った政略結婚ではなく、互恵関係。つまり……リリィ様が嫁がれた先で、新たな事業を築き上げる過程に、お父様が関与できるということもあります。」
アルバート公は何度もうなづきながら契約書を見つめる。
「しかもこれは……実質的に領地を拡大するのに近い。嫁がせたリリィを庇護化に置けると。なんという発想だ……」
ルミナスのアイデア感銘するアルバート公だったが、再び深く考え込み、やがてゆっくりと顔を上げた。彼の表情には、娘への愛情と、これまで以上に真剣な決断が読み取れた。
「確かに、これならば……リリィの安定した未来の道筋が見えてくる。しかし、それでも私は……この子が本当に幸せになれるのかどうかが心配だ」
リリィはその言葉に感動し、父親の前で静かに涙をこぼした。彼女は父親が貴族としての利益よりも、娘の幸せを心底願っていることを痛感した。
同時に、その不安を解消するためにルミナスがここまで尽力してくれたことに感謝の気持ちを抱いた。
「お父様……私は、アレクと一緒になることが真の幸せだと信じています。これが私の『本心』です。」
アルバート公はその言葉を聞き、深くため息をついた。彼は最後にルミナスを見つめ、静かに頷いた。
「……分かった。ルミナス殿の提案を受け入れることにしよう。リリィ、お前が本当に幸せになれるのであれば、それが一番だ」
リリィは驚きと喜びの表情を浮かべ、ルミナスに感謝の意を込めて深くお辞儀をした。
「ありがとうございます、レディ・ルミナス……本当にありがとうございます」
ルミナスは微笑みながらリリィを見つめ、仮面越しに小さく頷いた。
「この度はご成婚、おめでとうございます。リリィ様の未来を支えるため、私達が全力でサポートいたします。」
こうして、初会員のリリィとアレクは婚約するに至った。
不可能と思われた組み合わせの成婚を達成したレディ・ルミナスの噂は、若い貴族令嬢たちを中心に、瞬く間に広がっていく。
——そして多くの相談者が「ウィッチ結婚相談所」を訪れることとなる。
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