第21話 ひねくれた愛情表現
静寂が広がるクロイツネル家の書斎。重厚な家具に囲まれた空間の中央に、セバスチャン・フォン・クロイツネルが腰掛け、書類に目を通していた。
彼の思考は今、この王国と国境を接するグローヴェン帝国との対立に費やされている。
王国と帝国の両国間は、近年トラブルが多発しており未解決の外交問題が山積している。セバスチャンは王家の参謀のひとりとして、事態の収拾に追われていた。
しかし最近、彼の頭からは「ある話」が離れなかった。
「やれやれ、外交問題はややこしいが……それ以上に興味深いことが近くで進行しているようだな」
その時、扉をノックする音が響いた。キリコが姿を現し、いつもの快活な態度でセバスチャンに近づいてくる。
「お疲れ様です、セバスチャン様。バイオレット様の周辺警備と執事関連の報告に参りました。」
キリコの報告はいつも通り淡々としていたが、セバスチャンは彼女の表情の裏に隠された何かを感じ取っていた。
「キリコ……」
セバスチャンは書類から顔を上げ、彼女に鋭い視線を向けた。
「君の報告には、肝心なことが抜け落ちているようだが……もう少し踏み込んだ話があるのではないか?」
キリコは少し表情を硬くしたが、すぐにいつもの笑顔でかわした。
「え、なにか抜けていましたか?すべて報告書に書いてあると思うんですけど……」
セバスチャンは書類を机に叩きつけるように置き、キリコに目を向けた。
「バイオレットが謎の仮面の美女と結婚相談所なるものを開いたこと、そしてその相談所ですでに三組の貴族を婚約させたこと、知っているぞ。」
キリコは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに開き直って笑い飛ばした。
「なるほど、さすがセバスチャン様!全部お見通しですね。でも、この結婚相談所はバイオレット様も活躍されてます!しかも、その三組の婚約はそれぞれしっかりと成立して、貴族社会の安定に貢献しているんですよ!」
セバスチャンは冷ややかに笑みを浮かべた。
「その三組……確かに婚約が成立した。だが興味深いのは、その全てがグレイスフィールド家に有益な組み合わせだということだ。あのバイオレットがそんな巧妙な戦略をひとりで立てているわけがないだろう。」
セバスチャンは椅子に深く座り、手を組みながら窓の外を見つめた。
「謎の仮面の美女、レディ・ルミナスといったか………その女、中身はセレーナだろう?」
その言葉に、キリコは驚きの表情を浮かべた。
「な、なぜ分かるんですか!さてはスパイを?!」
するとセバスチャンは呆れ顔で答える。
「立場的には君が、私のスパイだろ……何を言ってるんだ」
「え?私がスパイなんですか?何も頼まれてませんよ!」
「もういい、この話はやめだ」
そういうとセバスチャンは椅子から立ち上がり、ダージリンティの入ったカップを片手に窓の外を眺めた。
「しかし彼女の、セレーナの底知れぬ知謀にはゾクゾクするものがある。本来不可能な三組の婚約を完璧に成立させた上に、どの組み合わせも貴族院議長ベルトラム・オーヴィル伯爵の勢力を削いでいる……彼女は表向き、結婚相談所を装いながら、裏で政治的な盤面を変えつつある……まるで魔女だな」
その言葉を聞いたキリコは笑顔を浮かべ興奮しはじめた。
「セバスチャン様が他人をそこまで褒めるなんて……そしてセレーナ様がそこまで計算していたなんて……ああぁ堪らないですね……素敵だぁ」
するとセバスチャンは小さく微笑みながら天井を見上げた。
「だからこそ、彼女に興味がある。私と同じ、いや、それ以上の策士かもしれない。彼女の狙いと私の狙いは重なる部分が多い。だが私は、協力するよりもむしろ……彼女に挑戦したい。」
「挑戦……ですか?」
「そうだ。知謀を駆使した舌戦の末に彼女を屈服させる。あのどこまでも見通すような美しく思慮深い瞳の奥に、私への敗北を刻めたなら………あぁぁ、どれほどの快感だろうか。」
その言葉を聞いたキリコは、呆れ顔を浮かべた。
「やっぱりセバスチャン様は趣味が悪いですね。顔はいいのに、根っこが変態なんですよ、だからモテないんですよ!」
キリコは辛辣とも思える言葉で皮肉ったが、セバスチャンは少しも動じなかった。彼は策略家として、誰かを屈服させることに常に喜びを感じており、指摘はまさしく正しいからだ。
「まあ、変態と言われても構わない。私はセレーナを屈服させ、赤面させ、優しく抱きしめたまま、天に召されたい。」
キリコは再びため息をつき、哀れむような表情で言った。
「セバスチャン様、そういうの本当に気持ち悪いので私の前だけにしてくださいね……でもまあ、確かにセレーナ様はそれに値する女性かもしれませんね。」
セバスチャンは再び窓の外に目を向け、静かに言葉を続けた。
「バイオレットのために君が協力するのは自由だ。だが、セレーナがどうしてここまで有能で、運命にすら抗えるのか……見極めたい。私はいずれ、その答えを手に入れるつもりだ。」
キリコはその言葉に軽く頷いた。彼女はセバスチャンの策士としての側面に敬意を払いつつも、その一方でセレーナに対する興味と尊敬の念を抱いていた。
「私はセレーナ様をサポートし続けますよ。それがバイオレット様のためになるなら。そして、セバスチャン様、あなたもいつかセレーナ様に打ち負かされ、逆に抱擁されるかもしれませんからね!」
キリコは軽く笑い、肩をすくめると書斎を後にした。
セバスチャンはその背中を見送りながら、再び自分の手元にある書類に目を戻す。策略を巡らせるのは、彼にとっては日常のことだが、今回は特別な興奮を感じていた。
「さあ、セレーナ……私と君の策の勝負、どこまで楽しめるか、試してみよう。」
静かに囁かれた言葉が書斎に響く。彼の瞳には、知的な興奮と挑戦への期待が輝いていた。
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