第19話 現代知識というチート

 ルミナス(セレーナ)は、仮面の向こうから広大な山並みを見渡していた。彼女の隣にはキリコが立っている。今日の目的は、令嬢リリィが想いを寄せる小貴族、アレク・ディアグラントの領地を訪れ、彼の心情を確認することだった。


 彼女たちは今、アレクの案内を受けながら、その領地を見て歩いている。


 アレクは痩せた土地と石灰岩が剥き出しの荒れた山々を見つめながら、深いため息をついていた。彼は落ち着いた雰囲気を持ちながらも、どこか自信を失っているようだった。


「私はリリィのことを……愛しています。しかし、……私のような貧乏貴族が彼女と釣り合うはずがない。」


 アレクの声は低く、諦めを感じる。彼の一族は大貴族と変わらぬほどの広大な領地を所有しているが、その土地は農業に適さず、山々に至っては森林もほとんど無い。よって収入源は荒れた土地でも育つ菜種油の生産と、少量のオレンジ栽培に頼っていた。


「この土地では、いかに工夫しても……将来の展望すら見えない……」


 アレクの言葉に、キリコは眉をひそめた。


「それでも、貴方が本気でリリィ様を愛しているなら、なんとか方法を見つけるべきだと思いますが?」


 アレクは楽観的なキリコの言葉に苦笑いを返した。


「愛があっても、現実的な問題は避けられません。リリィは名門貴族の令嬢です。私がどれほど努力しても、この荒れた土地をどうにかすることは……」


 ルミナスは静かに彼の言葉を聞いていたが、ふと目を細め、ゆっくりと口を開いた。


「アレク様。この土地を見捨てるのは、少し早すぎるかもしれませんよ。」


 彼女の言葉に、アレクは驚いて顔を上げた。ルミナスは仮面越しに山々を見つめながら、落ち着いた声で続ける。


「私は、こう見えて農業にも詳しいんです。この痩せた土地でも、まだ可能性があります。問題は、どうやってそのポテンシャルを引き出すか、です。」


 アレクは半信半疑の様子で、「可能性……ですか?」と聞き返した。キリコも興味を示し、彼女の言葉に耳を傾けた。


 ルミナスは領地の様々な場所を歩きながら、具体的な提案を述べ始めた。


「まず、この山に多段の棚畑を作ります。そして、畑の石垣には、ここの豊富な石灰岩を使いましょう。白い石灰岩は、太陽の光を反射して、果実、特にオレンジの成長を助ける効果があります。」


「なるほど……白い石垣の……反射光を利用するのか。」


 アレクは驚いた表情で、石灰岩の転がる土地を見下ろした。

 たしかに、それなら斜面でも平地なみに、いやそれ以上に光を届ける事ができる。


「ええ。それから、菜種油を作る過程で余った油粕、今は捨てているんでしょう?」


「そりゃまあ……役に立ちませんからね」


「その油粕に水を混ぜてひと月ほど寝かせると、上質な肥料になるのです。それを使い痩せた山の土壌を改良しましょう」


「油粕が……肥料になると?」


 アレクは眉をひそめたが、それが本当なら廃棄物が宝の山に変わることになる。


「そんなこと、考えたこともありませんでしたよ。」


「油粕肥料で肥沃になった土なら、甘く上質なオレンジができるはずです。」


 ルミナスは仮面越しに彼を見つめ、優雅な笑みを浮かべる。


「しかも、反射光を利用すればオレンジの成熟の早まるし、山の斜面は水捌けが良いから水焼けも起こらない……すごいぞこれは!」


 アレクは驚きながらルミナスのアイデアが革命的でありながらも合理的である事に気づき、やがて深く息を吐いた。


「……なぜそのような知識を?あなたは魔法使いなのですか?」


 ルミナスはゆっくりと頷き、確信に満ちた声で答えた。


「いえいえ、以前、私がいた国で一番のオレンジ農家から聞いた知識です。ですから、このやり方は確実なのです」


 アレクの目には、次第に希望が宿り始めた。キリコも驚きの表情でルミナスを見つめる。


「ルミナス様……あなたは一体、どこまで見通しているんですか?」と感嘆の声を漏らした。


(ああああぁぁ、やめてキリコ様!そんな目でわたしを見つめないでぇ)


 一瞬、キリコに心を乱されたセレーナだったが、気を取り直して過去の出会いや記憶に感謝した。


 実はセレーナ(佐藤真奈美)の婚活会員にみかん王国で知られる愛媛県で、大規模みかん農家を営む男性がいた。その彼から山が多い愛媛で美味しいみかんづくりが可能にする秘訣を詳しく聞かされた事があったのだ。


 さらにセレーナ(佐藤真奈美)は会員の個性や知識、特性を徹底的に掘り下げる事を得意としており、一度聞いた内容は完璧に記憶する特性をもっている。


 つまり、過去に出会った会員の現代知識やノウハウのすべてが、彼女の頭にデータベースとして記憶されているのだ。


「アレク様、リリィ様との結婚を諦める理由なんてもうありません。あなたがこの土地を発展させれば、家柄や財産の問題もすぐに解決するでしょう。」


 アレクはその言葉に深く考え込み、そしてゆっくりと頷いた。


「しかし、セレ、いやルミナス様、リリィ様には別の縁談も進んでいるのでしょう?農業改革の結果が出るには数年かかるでしょうし、とても間に合わないのでは?」


 不安そうな顔でルミナスを見るキリコ、それに乗っかるようにアレクも呟く。


「……そうですよね。あと、一気に開発するには資金が足りません」


 そんな二人の不安に対して、ルミナスは仮面越しにニヤリと笑みを浮かべる。


「そこは、ちゃんと考えてあります。二人の成婚を早め、かつリリィ様の両親を納得させる特別なアイデアがね……お聞きになりますか?」


 彼女の声には、これまでにない強い自信が込められていた。



 ◇ ◇ ◇


 ルミナスのアイデアと施策に同意したアレクの目には、再び光が戻っていた。彼はすぐに行動を起こし、領地再生のための準備を整える。


 ルミナスは静かに彼の背中を見つめながら、心の中で満足げに微笑んだ。現代の知識を活かして、この世界の人々を救うことができる……その実感が、彼女の自信をさらに強くしていた。


「さて、次は……リリィ様のご両親を説得する番ですね。」


 キリコが隣で、静かにそう呟いた。


 ルミナスも同意し、仮面の奥で微笑みながら頷く。


「そうですね。これで、リリィ様の成婚が一歩近づきました。」


「にしても、彼が承諾したし、実現するなら成婚どころか、貴族社会に大革命が起こるかもしれませんよ……」


 推しのキリコに褒められたことで、小躍りしそうになるセレーナだったが、動揺を悟られない様に空を見上げて堪えた。


 するとキリコもつられて空を見上げた。

 その目線の先には、雲の隙間から大地へ降り注ぐ太陽の光が神々しく輝いていた。


(ほう、天啓と言いたいのですね……すごいなセレーナ様は)


 この後、ルミナス(セレーナ)のアイデアが貴族社会のパワーバランスを大きく変貌させる。


 そしてルミナスの存在が、まさに神格化されていくことになる……キリコの勘違いと共に。

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