第18話 ウィッチ結婚相談所の開業
後日、バイオレットの屋敷に「ウィッチ結婚相談所」がひっそりと開設された。女性会員の斡旋はバイオレット、男性会員はキリコが担当することになった。
ノリノリで引き受けたキリコとは対照的にバイオレットは自分に出来るだろうかと不安がっていたが、セレーナの貴族婚活支援計画には裏の目的としてバイオレットの陣営を婚姻で強化しベルトラムの勢力を切り崩す狙いがある。そういう意味でバイオレットが斡旋することに意味があった。
初日を迎えた相談所の一角で、セレーナは、緩やかに波打つ銀の仮面をつけて腰掛けていた。顔の大部分は見えないが、細身で優美なドレスに身を包んだその姿はどこか異様な神秘さを漂わせていた。
名前も貴族婚活コンシェルジュ『レディ・ルナミス』としたその姿は、一見してセレーナであることはおろか、貴族の女性とも思えなかった。
そもそも犬猿の仲とされているセレーナとバイオレットが手を組んでいるなど誰も想像出来ないだろう。特にベルトラムには。
「ねえセレーナ……レディ・ルミナスとして演技し続けるのって大変じゃないの?」
バイオレットが心配そうに
「いいえ、この格好も、話し方も意外と楽なのよ」
そう言うと
一方で、バイオレットは少し緊張した面持ちで窓の外を見つめていた。まもなくリリィ・アルバートという貴族令嬢が最初の相談者としやってくるからだ。
リリィはバイオレットには婚約相手の悩みを吐露していたが、果たして謎の仮面の人物を信頼して本音を語ることができるのか少し心配していた。
(貴族の婚姻にかんしては、それぞれの立場があるゆえに本音を語れないことのほうが多いのだけど、このやり方で本当に大丈夫なのかしら)
バイオレットの心にわずかな不安がよぎる中、リリィがキリコの案内で相談所に入ってきた。リリィは背の高い華奢な女性で、美しく清楚な姿だが、その表情にはどこか暗い影が差している。
「リリィ様、どうぞおかけください」
セレーナは仮面越しに柔らかく声をかけ、リリィを迎え入れた。彼女が席に座ると、セレーナは優雅な所作で紅茶を注いだ。リリィは緊張した面持ちでカップを手に取った。
「私はレディ・ルミナス。貴族様の結婚活動、すなわち『婚活』をサポートさせて頂いております。早速お話を伺わせていただきますね」
セレーナの静かな言葉に促されたリリィは、バイオレットと一瞥した後、背筋を伸ばし少しずつ話し始めた。
「実は……今、既にある貴族の方との縁談が進んでいまして。彼の身分は高く、家柄も申し分なく……将来を見据えた結婚としては、最適だと家族や周りからも言われていまして……」
リリィは、どこか言い慣れた台詞のようにその言葉を並べた。相手の条件や家柄の話ばかりが繰り返され、そこに彼女自身の感情が見えないことに、セレーナはすぐに気づいた。
(この言葉の裏に見えるのは打算、世間体、将来への影響……そもそも初対面の謎の人物に本音なんて漏らさないといった心の壁を感じるわね)
仮面の奥から冷静な目でリリィを観察していたセレーナは、彼女の言葉の背後にある違和感を感じ取った。
リリィの目には確かな迷いが浮かび、話す度に視線が泳ぐ。それは、表向きの理由で隠された真の感情を見逃さないセレーナの目にはあまりにも明白だった。
(親に従順で責任感も強い……おそらく長女ね)
「リリィ様、私は婚活コンサルタントとして多くの方のお悩みを伺ってきましたが、貴女は本当にその方と結婚したいと思ってますか?」
「……え?それはどういう意味でしょう」
「あなたは、先ほどから周囲に求められる条件を話しながら、本当の気持ちに言い訳されているように見えます」
セレーナの柔らかな声が、リリィの心に静かに響いた。
「……そんなことはありません。貴族たるもの、結婚相手がどういう立場や身分であるかを気にするのは当然じゃないでしょうか?」
「その当然とは、一体誰がお決めになったのかしら?」
(建前を堂々と述べる分、一般人より貴族のが楽だわ)
その問いにリリィは困惑と驚きとが混ざる表情でセレーナを見つめ黙ってしまう。
「では断言しましょう。リリィ様が本当に成婚を望んでいる相手は……その方ではありませんね。……他に思いを寄せてる人がいらっしゃるのではないですか?」
その一言がリリィの胸を深く突き刺し、彼女は思わずカップを持つ手を止めた。沈黙が広がる。リリィは顔を伏せたまま、何も言えなかった。
「私がサポートするのは、本音の『婚活』です。本気で、心から望む成婚を……お手伝いをしたいのです。」
「本音の……『婚活』?」
「もしリリィ様が本当に望んでいる相手や理想について正直に話してくださるのなら私が
セレーナはそう宣言し、リリィの目をしっかりと見据えた。バイオレットはその瞬間、セレーナの目に宿る強い決意と自信を感じ、心の中で感銘を受けていた。
(……なんて自信に満ちているのかしら。もうっと私も見習うべきだわ)
「必ず……叶うんですか?」
リリィはその言葉に心を揺さぶられ、震えるような声で問い返した。
「……本当に、望んだ人と婚約できるんですか?……必ずこの思いを遂げられますか?」
セレーナは穏やかな笑みを浮かべ、頷いた。
「はい、『絶対』にです。なぜなら、本音の婚活を成婚に導けなかったことなど、私のキャリアで一度もありませんから。」
——事実、天才婚活コーディネーター佐藤真奈美が相手の本音が聞き出せた場合の成婚率は100%を誇っている。
その魔法のような言葉に、リリィは少しずつ心を開き始めた。
「実は……私、本当に結婚したい相手が……他にいるんです」
リリィは深く息を吸い込み、ついに心の奥底に隠していた本音を語り始めた。
「彼は……大きな貴族ではありません。でも、彼と一緒にいると、安心できて、心から笑えるんです……彼とは……何も言わなくても通じ合えるんです」
リリィの言葉には、純粋な感情が込められていた。セレーナはその言葉に温かさを感じ、優しく微笑んだ。
「リリィ様、それがあなたの本当の気持ちなのですね」
セレーナの言葉にリリィは小さく頷き、少し照れくさそうに視線を落とした。
「でも……彼との結婚を望んだら、家族は反対するでしょう。……身分も高くはないですし、家柄も……」
「では、気持ちより家柄と結婚したいのですか?」
「私は……身分とか地位とかでなく、一緒にいて幸せな気持ちになれ人と結婚したいと思ってました、でもそれは貴族としては間違いだと」
「たしかに結婚はひとりでするものではありません、だからと言って……誰かが決めるものでもありません」
「家族にも影響する事柄を、私の意思だけで決めて良いのものでしょか……」
「確かに貴族社会では身分が重要視されるでしょう。でも、リリィ様が本当に幸せになれるのは、心から愛せる相手との結婚です。本当に望まれるなら、それを叶える方法は、私が必ず見つけ出します」
セレーナの言葉は確信に満ちていた。彼女はリリィの本音を引き出し、それを実現するための策を既に頭の中で組み立て始めていた。
「大切なのは、あなた自身が心から望むことを叶えること。そうすれば身分や将来などは、後からついてくるものですよ。」
リリィはその言葉に目を潤ませ、セレーナに感謝の意を込めて微笑んだ。
「……ありがとうございます、レディ・ルナミス。私、これから本当に自分が望む道を進みたいです。どうか……助けてください」
セレーナは優雅に立ち上がり、リリィに向かって頷いた。
「もちろんです。リリィ様……たった今、ウイッチ結婚相談所の会員となられたのです。私が必ずあなたの願いを叶えてみせます。さあ、これから一緒に頑張りましょう」
リリィの表情は、先ほどの曇ったものとは打って変わり、晴れやかなものになっていた。その様子を見ていたマーガレットも感銘を受けていた。
——そしてこの日から、貴族社会の相関図が大きく動きすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます