第17話 バイオレットと関係修復②

 化粧室で自分を落ち着かせたセレーナは、心を整えて再び庭園へと戻ってきた。


 バイオレットとキリコが談笑しながらセレーナの到着を待っている。


(あああ、キリコさま……!セレーナ、ここは平常心……平常心よ!)


 彼女は静かに深呼吸し、自然体を装いながらティーセットのテーブルへと歩み寄った。


「お待たせしました。では、改めてお話を続けさせていただきますね」


 セレーナが席に着くと、バイオレットは柔らかい笑みを浮かべて「お待ちしていました」と返し、セレーナに向かってティーカップを手渡した。キリコもそばで控えているが、どこか親しみのある空気を感じさせる。彼女はさっきの話題に興味を持っているようだった。


 セレーナは紅茶を一口飲み、ふと口を開いた。


「ところで、最近いろいろな貴族家の婚姻がうまく進んでいないように思うのですが、バイオレット様は気づいていらっしゃいますか?」


 その質問に、バイオレットは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な顔つきに戻り、頷いた。


「……ええ、実は私も気づいています。ここ最近、私の周りでも婚約が破談になったり、結婚が延期されたりする話が増えているんです。自分のこともまだ解決していないのに、周囲から相談を受けることが多くて……」


 セレーナはその答えに頷き、予想通りの展開だと感じた。やはり、これはベルトラムが裏で仕掛けている策略の一部だ。


「その状況には、おそらく黒幕がいると思うの」と、セレーナは静かに言った。


「黒幕……?誰かが貴族の婚約を……邪魔しているのですか?」


「ええ……でも『誰』とは言わないでおきます。……あ、私じゃないですわよ」


「……も、もちろんわかってます」


「誰かが、自分の権力基盤を維持するために、あなたの周囲にいる貴族たちが婚姻で強化されないよう、妨害を行っている可能性が高いです。結婚によって反対勢力が結びつくのを恐れて、陰で操作しているのでしょう」


 バイオレットは驚きながらも、その言葉に納得した様子だった。


「そんなことが……確かに、思い当たる節はあります。でも、どうすれば……?」


 セレーナは少し微笑み、慎重に言葉を選びながら大胆な提案を口にした。


「バイオレット様、この屋敷で“婚活相談所”を始めてみませんか?」


「婚活……相談所?」


 バイオレットは初めて聞くその言葉に戸惑いを隠せない。


「はい、貴族たちの婚姻や婚約がうまくいかないのなら、私たちがその問題を解決する手助けをするんです。もちろん、バイオレット様が主催者となっていただき、私は裏方として動きます。貴族の間で安心して結婚を進められるように、私たちが橋渡しをするんです」


 バイオレットは一瞬黙り込み、セレーナの提案を考え込む。彼女の誠実で慎重な性格が、こういった大胆な提案を受け入れるまでに時間がかかることを、セレーナは理解していた。


「それにしても、なぜ私にそんな大役を?」


 バイオレットは謙遜しながら問いかける。


 セレーナはバイオレットの目を見つめ優しく微笑む。


「バイオレット様だからこそ、この役割ができるのです」


「私だから?ですか?」


「ええ、貴族たちの信頼を集め、彼らの間にある問題を解決できるのは、バイオレット様のように誠実で純粋な方です。」


 するとバイオレットは困惑の表情を浮かべた。


「で、でも私では、結婚の相談を受けてもどう対処してよいか分からないと思います」


 するとセレーナは懐から仮面を取り出し装着すると、少し声色を変えて話し始めた。


「そこは私が、この仮面をつけて相談者と対話しますので安心してください」


「仮面……謎の婚活コーディネーター?ってことですか?」


 バイオレットはさらに混乱した表情を浮かべたが、セレーナが微笑みを浮かべながら説明を続ける。


「そうです、政治的な問題や派閥の違いでうまくいかない婚姻の問題を、私が仮面をつけて匿名で対応します。直接名を出すと、どうしても警戒されるかもしれませんから、私はあくまで裏方で調整役に徹します」


 その斬新なアイデアに、バイオレットは少し驚きながらも徐々に理解し始めた。


「まるで魔女みたい……でもそれは、面白いアイデアですね!」


 ここで、キリコが口を挟む。


「セレーナ様、あなたの洞察力と計画は本当に素晴らしい。私もその婚活相談所、ぜひ協力させていただきたいと思います」


 キリコの賞賛に、セレーナは内心でまたもや興奮を感じた。


(ああああぁぁ、キリコ様が私を見てる……!褒めてる!……でも、ここは冷静に……!)


 心の中では鼓動が早まるが、表向きは平静を保ちながら微笑んでいた。


「ありがとうございます、キリコさん。そう言っていただけると心強いです」


 しかし、ここでアリサがふと素朴な疑問を投げかけた。


「でも、どうしてセレーナ様のお屋敷じゃなくて、ここで婚活相談所を開くんですか?」


 その言葉に、セレーナは一瞬戸惑ったが、すぐに肩をすくめ、正直に答えた。


「だって私って評判悪いし、敵も多いし、バイオレット様のように誠実で信頼されている方が主催する方が、安心して相談できるでしょう」


 その率直な答えに、バイオレットはクスクスと笑い始めた。


「……セレーナ様って、本当に変わりましたね。以前のあなたは、私にキツくあたっていましたけど、どこか無理をしているようにも見えました。今のあなたは、とても生き生きしていて……なんだか話しやすくて不思議です。」


 その言葉に、セレーナは少し困惑したような笑みを浮かべるが、バイオレットの言葉に感謝の気持ちが込み上げてきた。


「ありがとうございます……そのお言葉、本当に、嬉しいです」


 すると、アリサが急に声を張り上げた。


「バイオレット様もそう思われていたんですか!?じつは私も、以前のセレーナ様は無理に悪役を演じているように見えていて……本当はもっと優しい方なのにって思っていたんです。私も最近のセレーナ様、とても良いと思うんです!……あ!セレーナ様、バイオレット様!失礼しました!忘れてください!」


 その素直な発言に、バイオレットもセレーナも笑い出した。


「アリサさん、あなたちょっと私と似てるかもしれないわね!」


 とバイオレットは微笑んで言った。


 アリサは驚き、顔を赤くしながら慌てて答えた。


「え!?恐れ多いです!ほんと私ったら、思ったことすぐに口に出しちゃうので……申し訳ございません」


 そのやりとりに、セレーナもさらに笑みを浮かべながら、二人の会話に耳を傾けた。


(でもねバイオレット、私が最終的に幸せにしてあげたいのは、貴女よ)


 こうして、バイオレット主催、セレーナが仮面をつけた婚活コーディネーターとして動く「ウィッチ結婚相談所」が開業することになったのだった。

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