第10話 舞踏会〜攻防のワルツ②

 「今夜あなたを抱きたい」その言葉は、セレーナの想定を遥かに超えるものだった。


 しかし表情を変えずセバスチャンの瞳を覗いた。


(え?言葉に嘘はない……ちょっと何なの)


 セバスチャンの言葉は、驚くほど真っ直ぐだった。


 セレーナの胸が一瞬ドキリと跳ね上がり、手のひらがわずかに汗ばむ。


(私を抱く事で分かることも多い……率直で合理的な本音ってこと?)


 だがセレーナも、彼の言葉にただ動揺しているわけではなかった。むしろ、セバスチャンが真実を織り交ぜて相手を揺さぶるという、心理戦では最も厄介なタイプであることを改めて確認した。


「その言葉……貴方の魅力の前では本気になる人がいても不思議じゃありませんわね」

「それは、褒めて頂いているのかな?」


(このタイプには……道義的な矛盾を責める!)


 彼女は息を整え、冷静さを取り戻す。ワルツのテンポに合わせ、笑顔を保ちながら、彼に向かって言葉を投げ返した。


「でも、婚約者がいる貴婦人に対して、そのように心を揺さぶるのは非紳士的です。……らしくありませんよ」


 その返しに、セバスチャンは一瞬表情を曇らせた。彼はいつも冷静沈着で、感情を表に出さない男だが、セレーナの指摘は的を射ていた。


 彼の「魅力」が策略に組み込まれていることを、彼女が正確に見抜いている。それが、わずかながら彼の心を動揺させたのだ。


「ふむ、貴女の言う通りかもしれませんね。」


 セバスチャンは穏やかに笑みを返すが、その言葉にはいつもの余裕が少し欠けていた。セレーナはそのわずかな隙を見逃さなかった。


(あら、少しは揺らいだようね。さて、ここで一手先を行かせてもらうわ。)


「それに、あなたの友人、アルト様が悲しみませんか?」


 セレーナは優雅に笑みを浮かべながら、言葉を続けた。その瞬間、セバスチャンの瞳が微かに揺れた。


 それは、まるで彼の完璧な仮面に小さなヒビが入る瞬間のようだった。


「アルトが、友人ですか……なるほど」


(やっぱり、道義的に関係を否定出来ないみたいね……)


 彼の声が僅かに低くなった。セレーナはその反応を逃さず、アルトとの関係がセバスチャンにとって重要だという事実を確信した。


「それはバイオレット様の未来にとっても、重要ではないかしら?」


 セバスチャンは一瞬だけ口を閉じ、次の言葉を選ぶ時間を必要としたように見えた。だが、すぐに再び余裕を取り戻し、微笑んだ。


「貴女の言葉には、常に優しさと真実が混ざる」

「それは、お褒め頂いてるのかしら」


「素晴らしい洞察力です……しかし、私を少々かいかぶりすぎかもしれませんね。」


 セレーナは軽く肩をすくめて微笑み返した。


「それはお互い様では?」


 彼女の言葉に、セバスチャンは再び小さく笑い、二人のワルツは静かに終わりを迎えた。フロアに戻るセレーナは、内心で自分が少し優位に立ったことを確信していた。


(確かに厄介な相手だけど……少しずつ、彼の隙を見つけ出してみせるわ。)


 セバスチャンはフロアを見渡しながら、再びいつもの冷静な仮面を取り戻していたが、彼の心の中にはセレーナに対する一層の好奇心が膨らんでいた。


そしてその先に何が待ち受けているのか、二人ともまだ知らない。

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