第11話 舞踏会〜復讐の誓い
煌びやかな舞踏会で華やかに踊り続けていた人々の動きは少しずつ落ち着きを見せ始めていた。
ワルツの演奏がそろそろ幕を閉じようとしている中、アルト・デュラハンは視線を忙しく巡らせていた。
(セレーナがいない……どこへ行った?)
先ほどから彼女の姿が見えなくなったことに気づいた瞬間、アルトの胸の中には妙な不安が広がった。今まで彼にとって、セレーナは単なる駒の一つに過ぎなかったはずだ。財産を得るため、フォルスター家との結びつきを強めるため、彼女との婚約は不可欠だった。
——しかし、ここ数日間、彼女への気持ちが変わり始めていた。
彼は焦燥する自分の心を疑いながら、会場を歩き回った。華やかなドレスをまとった貴婦人たちや、笑い声を交わす貴族たちが目に入る。
時折若い貴婦人達が「先ほどのワルツ素敵でしたわ」と黄色い声をかけてくるが、軽く会釈をするだけで先を急いだ。今までのアルトでは考えられない行動だ。
しかし、どこを見渡してもセレーナの姿だけ見当たらない。
「どうしたアルト」
静かな声が後ろから聞こえ、アルトは振り返った。そこに立っていたのは、いつも通り冷静沈着なセバスチャンだった。彼の落ち着いた表情は、周囲の華やかさとは対照的で、どこか異質な空気をまとっている。
「セバスチャン、実は、セレーナの姿が見当たらなくてな……」
アルトが焦りを隠せずに話すと、セバスチャンは一瞬だけ考える素振りを見せた後、軽く頷いた。
「少し前に、彼女がテラスへ向かう姿を見た。」
その言葉を聞いて、アルトはすぐさまテラスへと向かおうとした。しかし、セバスチャンが彼の肩に手を置き、その歩みを止めた。
「今はやめておけ……私と踊って流石に疲れたようだった……静かな場所が必要なのだろう」
「君が?セ、セレーナとワルツを?……明日は嵐でも起こるのか?」
アルトの胸の奥に、嫉妬ともつかぬ感情が静かに芽生え、セバスチャンに対する微かな苛立ちが込み上げた。
しかし、すぐにその感情を抑え込み、穏やかな笑みを浮かべ、彼の手を軽やかに払いのけ、テラスへ向かおうとした。
「アルト……行かなくていい」
セバスチャンの静かな声には、どこか鋭い意図が込められていた。
「どうしてだ?セレーナがいないと、君の計画が成り立たないじゃないか」
アルトは戸惑いながらも問いかけた。セバスチャンは冷静に彼を見つめ、ため息をついた。
「セレーナは随分人が変わっていた。私の案も、今の彼女に対しては愚策に過ぎない。まず通用しないだろう」
その言葉を聞いた瞬間、アルトは目を見開いた。知略の天才であり、負け知らずのセバスチャンが、自らの計画を撤回するなど考えられないことだった。
——それほどまでに、セレーナに変化が起こっていることを実感する。
(変わったのは「君も」ではないのか、セバスチャン……いや、俺もその一人なのかもしれないけどな……)
アルトは内心でそう呟きながら、セバスチャンを見つめた。彼は完璧な策士であり、これまでに失敗を知らない男だ。そんな彼が、自らの計略を止めるというのは、単にセレーナが変わったからという理由だけだろうか。まさか……な。
「でも、せめてセレーナに挨拶だけでも……」
アルトが再びテラスに向かおうとすると、セバスチャンは無言で首を振り、アルトの言葉を遮った。
「やめておけ。彼女は今、別の何かと戦っているようだ」
その言葉には、セバスチャンらしい洞察力が込められていた。アルトはその言葉を聞き、思わず息を呑んだ。
「別の何かと……」
「そうだ。彼女は内面で、何か大きな変化を遂げようとしている。今は、それを見守るべきだ」
セバスチャンの言葉には確信があった。彼はすべてを見抜き、そして理解しているようだった。アルトはその言葉に従い、無理に行動を起こすことは控えることにした。
「今夜は引き上げよう……彼女が居ない時間で興も覚めてきた」
セバスチャンがそう言い、アルトを促した。彼は心の中でまだ納得しきれないものを抱えながらも、セバスチャンの判断に従うことにした。
「わかった、君がそう言うなら……」
アルトはテラスに向かうことを諦め、セバスチャンと共に舞踏会の会場を後にすることにした。しかし、彼の心の中には、セレーナへの思いが消えないままであった。彼女は今、何と戦っているのだろうか?それが気になって仕方がなかった。
会場を去る二人の姿が遠ざかる中、セバスチャンの目が鋭く光った。テラスからは、明らかに機嫌を損ねた貴族院議長ベルトラム・オーヴィルが姿を見せていた。
彼は怒りに満ちた顔でテラスを去ろうとしていた。
セバスチャンはそんなベルトラムを一瞥し、ふっと不適な笑みを浮かべた。
(貴女が、その数奇な運命にどこまで抗えるのか……特等席から観劇してみたくなりましたよ)
セバスチャンは内心でそう呟きながら、アルトを連れ会場の外へと足を進めた。
彼の冷静な瞳には、これからの展開が楽しみで仕方がないという色が宿っていた。
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