魔王の娘と魔獣討伐部隊 前編

 人間が魔獣を敵視しだしたのは、数百年も前のこと。人間が扱う技術が進歩し、自然との共存頻度が減った頃、原始的で特異な容姿を持つ魔獣を嫌うようになったのは、人間側の利己的で人類至上主義が勝手に暴走した結果に過ぎない。

 そうした歴史が積み重なり、今に至る。

 つまり、人間は魔獣を毛嫌いし、自分勝手に遠ざけていた。


「なんだって俺が魔獣討伐なんてやらなきゃいけないんだよ」


 バサルト・アイジェンノウスという騎士もまた、そういった思想に囚われている。できるだけ魔獣とは関わりたくなく、人間同士で話がつくならそれに越したことはない。


「貴方が大国パルテノスの第二隊長だからでしょう。……まあ、気持ちは分からなくはありませんが。私だって、魔獣は嫌いです」


 移動する馬車の中、寝転ぶ上司に呆れてそう言う部下に、バサルトは苦笑いで返した。

 彼の言う通り、そういった考えの人間は多い。


 だが、魔獣に肉親を殺されたとか、怪我を負わせられたとか、故郷を焼かれたとか。それらの経験を持つ人は少ない。

 もちろん過去を振り返ればそのような事象はゼロではなかったが、特別魔獣に対して恨みを抱く人間はごく僅かだ。


 ならば何故、魔獣討伐にまで話が発展しているかと言えば、それは権威のある人間がそう取り決めたからに他ならない。

 人が権力に弱い、というわけではない。その方が楽だという話だ。

 話し合いを重ね、互いの気持ちを汲み取り、各国の事情を配慮する。それができるほど、余裕のある国はなかった。


 そうするならばまだ、争いにより奪う方が楽なのだ。

 それほどまでに未だ武力は重要視されていた。

 故に、人間に都合の悪い存在は、力でねじ伏せる。そのための魔獣討伐部隊だった。


「ほら、もうすぐで旧魔王領域です。やる気出してください」


 部下にそう尻を叩かれてはいつまでも文句を言っているわけにはいかない。バサルトが渋々その身を起こそうとして、馬車の急停車により無理やり叩き起こされる。


「~~~~っ! なんだってんだよお」

「隊長! アレを見てください!」


 思い切り顔面をぶつけた箇所をさすりながら、部下が指差す方角へと視線を向ける。


「なんだありゃ……?」


 何もない荒野のその上空。雲一つない蒼空に映える、黒点。

 深紅の髪に、黒衣。少女か少年かは彼のいる距離からでは分からなかったが、しかし子どもであることは確かだった。

 魔王城へと向かう一団は、その存在に目を奪われ、進軍を止める。いや、止めざるを得なかった。


 誰も彼もが、動けなかったのだ。蛇に睨まれた蛙、という言葉があるが、そんな生易しい関係性で成り立つ空気ではない。

 それは、人が神を前にして、動けないことと同義だった。

 誰もが息を呑む中、静かで、しかし少女特有の甘い声が空に響く。


「この部隊の長はおるか!」


 その声に誰も応じない。

 それもそのはずだった。この部隊は複数の国から編成された、言わば混合部隊。それぞれの国から指折りの実力者は派兵されているものの、誰かが指揮しているというわけではなかった。

 どう受け答えするものかと迷っていると、別の国から派兵された騎士が声を上げる。


「その前に、貴様が何者なのか名乗ってもらおうか! そして、何か目的があるのかも話せ!」


 恐れることなくそう返したその人物に、バサルトは肝を冷やす。


(おいおい勘弁してくれ)


 明らかに上空で睨む彼女はただ者ではない。機嫌を損ねればどうなるか、想像するのも嫌になる。

 いつでも動けるよう臨戦態勢を取るバサルトだったが、対する彼女の言葉は意外なものだった。


「おお、そうであったな。用があるときはまず自らが名乗るのが礼儀か」


 そして、彼女は恭しく礼を正す。その振る舞いは高貴で美しく、貫禄すら感じさせた。


「余は魔王の第十二子。名はレ=ゼラネジィ=バアクシリウス。目的は、お主らを魔王城へと辿り着かせないことだ」

「なっ――!?」


 驚愕に満ちたその声音は、果たして誰が発したものだったか。いや、それはその場にいる全員の総意だった。

 魔王の娘? それが生きていた?

 真偽のほどは不明だが、彼女の堂々とした佇まいから揺らぎのない自信が見られる。

 仮に彼女の言うことが本当だったとして、それからどうする?

 明らかな異常事態だ。国に帰って報告する他ないだろう。


 バサルトがこの全軍を指揮していたならば、すぐさま撤退指示を出していただろう。

 しかし、そこにいるのは合同部隊。バサルトの考え通りにはいかない。


「魔王の子は根絶やしにしたと聞いたが? オマエが魔王の子だっていう証拠はあんのかよ?」

「それはどうだってよいだろう。余は身分を明かした。次はお主らが余の質問に応える番であろう」

「立場が分かってねえようだな。こっちは世界各国からの命で動いてる。オマエの質問に応えてやる義理はねえ」

「……ほう。こちらはあくまでも紳士的に、穏便に会話しようと試みておるのだが、何故そのような態度を取る?」


 その言葉を引き金に空気が変わる。冷たくて、今すぐにここから逃げ出したくなるような、重い圧が、彼女からは放たれていた。

 さすがにその雰囲気を感じ取ったのか、威勢よく叫んでいた騎士も口を噤んだようだ。

 これでようやくまともに会話ができる。バサルトはすぐにその会話に割り込もうとした。

 だが――


「……オマエを殺せば。魔王の子を殺せば、俺は英雄になれるよな。莫大な、富と栄光が手に入るよなあ!」

「おい――!!」


 呼び止める暇もなかった。その騎士は跳躍し、上空に佇む魔王の娘目掛けて、その剣を振るう。

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