魔王の娘と老魔術師③
陽光が降り注ぎ、冷たい風が時折吹く。そこに生物の面影は最早なく、あるのはただの瓦礫と僅かに残った城としての残骸。
その一部で、砂煙が舞い上がっていた。
一人の老翁、ウェゼンがただ黙ってそれを見つめ、幾何か。
砂塵が晴れた先には果たして、汚れ一つ付いていない、深紅の髪の少女が立っていた。
「場所を変える。ついてこい」
少女、シリウスは涼しい顔をしてそう言い、遥か高くその身を跳躍させた。
ウェゼンもそれに頷き、同様に空中へと舞い追い掛けていく。
黒い衣装の彼女が降り立ったのは魔王城跡地から遥か北方。植物も生えず、厳しい風が吹きつける場所だった。
遅れて、ウェゼンも到着する。
「ウェゼン。お主を殺すつもりはない。大方、勇者の誰かに頼まれたのだろう? 余を殺さなければならない理由があるならば、余を殺したと適当にそう報告すれば良い」
間合いは十分。走れば数秒で手の届く距離だが、魔術師にとってそれは何の意味も成さない。
静かに緩やかに、しかし確かな殺気を放つウェゼンは、悲しそうに首を横に振った。
「それでも奴らは出し抜けない。私に話を持ち掛けた勇者には、思考を読む才が備わっている。私が死ぬか、お前さんが死ぬか。道はその二つしかない」
「……そうか」
彼女の表情に変化はない。悲しんでいるのか、哀れんでいるのか。言葉や顔からでの判別は難しい。
僅かな空白の時間が二人に訪れた。互いが互いに視線を結び、想いを交錯させる。
「――構えろ、シリウス。お前さんとて、私相手に手を抜くのは難しいだろう」
「そうだな――」
彼女の言葉が放たれたその瞬間、死の臭いが一気に周囲を包む。
それはシリウスが放つ殺気であり、溢れ出る魔力そのものだった。
「――ならば、余も全力を出そう」
濃く漂う瘴気は、浴びるだけで人を狂わせる。震え、通常の判断能力さえ失ってしまうはずだった。
ただその中に曝されて尚、ウェゼンは笑う。
それは、喜びからくる笑みではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
直後、シリウスの足元に空気の渦が発生する。
「――っ!!」
瞬間、その渦は肥大化し、あっという間にシリウスを飲み込む竜巻へと成長した。巻き込まれた砂岩は弾丸のように飛び交い、上空に吹き飛んだ彼女へと襲い掛かるが、それをシリウスは歯牙にもかけない。
「師として、お前さんがどこまで成長したか見てやる」
彼の言葉が彼女に届いたのかは分からない。しかし、ウェゼンは構わず続ける。
「
彼の詠唱が響く。同時に、天から眩い光球が顔を覗かせた。
辺り一帯を優に飲み込むほどの火球。燃え盛る球体は竜巻目掛けて炎柱を下す。その速度は必中の域。避ける隙すら与えない。
少女を閉じ込めた竜巻はそのまま天から降り注ぐ爆炎に焼き焦がされる。
「これで終わらないだろう」
続く言葉。ウェゼンはその視線を彼女から逸らすことなく、唱える。
「
刹那、火球から伸びる柱が凍てついた。空気中の温度が下がり、吐く息は白く染まる。
「
さらに巨大な氷柱となったそれへと彼は追撃の構えを取った。
「
地面が蠢き、鞭のように大地がうねる。それはそのまま、シリウスを閉じ込める氷柱へと狙いを定めて轟音と共にしなり、叩き割った。
砕け散る氷晶の中。
本来ならば、全てを貫通して凍った体ごと砕けるはずの、少女の身は――
「――これでも効かんか」
傷一つなかった。冷気と氷柱の欠片が散らばり、表情こそは窺えないが少なくともダメージを負っている様子は見られない。
そして、その一瞬。
ウェゼンは確かに耳にする。
甘くも凛とした鈴のようないつもの声ではない、艶のある大人びた声を。
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