第33話 潤之介くん視点 オーディションに落ちてたまるか!
◆
「じゃあ、行ってきます」
「頑張ってね。潤之介くんなら絶対通るって信じてるから」
「はい、頑張ります」
翌朝、俺は果穂さんに見送られてオーディションへと向かった。
昨晩やっと両想いだったことがわかって、心の中のつっかえたものが取れたようなそんな気分だった。
これで何も悩むことなく、オーディションで全力を出せる。そんな清々しい朝。
「あの……朝ごはん、あんなのでごめんね。昨日の晩御飯のことばかり考えてたから、全然朝ごはんの食材が用意できてなくて……」
「いえいえ、果穂さんはいつもすごく手の込んだ料理を作っていて超人なのかなと思ってたんすけど、意外とそういうところもあって安心したというか、ちょっと可愛らしいというか」
「むう……超人のままのほうがよかったかも」
「あはは、たまには抜けたところも見せてくださいよ。いつも気を張ってちゃ、疲れちゃうっすから」
今日の朝食は昨日の残りのご飯と卵で卵かけご飯、あとは果穂さんが常備菜として作り置きしているおかずが二品、それと即席のお味噌汁という感じだった。
俺からしてみたら朝からそのレベルのご飯を仕上げるだけでも脱帽ものなのだけれども、どうやら果穂さんにとってしたら全然ダメらしい。さすがに超人すぎる。こっちとしては大満足なのに。
「じゃあ改めて行ってきます。終わったらまた来ていいっすか?」
「もちろん。今日の献立は何がいい?」
「ええっと……うーん、果穂さんなら何でも作っちゃいそうだからなあ……」
「ならスーパーの品揃え見てから決めようかなー。帰ってきてからのお楽しみで」
「そうっすね、楽しみにしとくっす」
俺は果穂さんに一瞥して部屋を出る。ちょっと振り向いたときに手を振ってくれる果穂さんの姿が目に写って、心が温かくなった。
――今日の俺ならいける。絶対にオーディションに合格してやる。
意気揚々と会場にたどり着き、自分の出番を待つ。
会場となるスタジオの周りには、俺と同じくオーディションを受ける連中が最終チェックをしていた。
俺みたいな無名どころから、最近メディアで見かけるようになった俳優、お笑いやミュージシャンみたいな役者畑とは違うところからやってきたであろう人もいる。皆が戦隊ヒーローの座を狙っているのだ、油断はできない。
控室も緊張感で張り詰めていた。みんながガチガチになりそうな重い空気の中、俺は今日も美味しい晩御飯を作って待っているであろう果穂さんの姿を思い浮かべてモチベーションを高める。
憧れの戦隊ヒーロー、何が何でも役を手に入れてやるんだ。
「――では次、十四番の方」
「はい!」
係の人に呼ばれて審査が行われる小スタジオの中へ入る。
審査員が数名、デスクに構えていて書類を眺めていた。この人たちはまるで獲物を見つけたヘビのように俺達受験者を睨みつける。
ここで怯んだら負けだ。ここまで努力してきた俺なんだ。そんなヤワなハートじゃないことをしっかり見せつけなければ。
重圧を跳ね返すため、俺は腹に力を入れて挨拶をかます。
「――十四番、白槻潤之介です! よろしくお願いしまふ!」
盛大に噛んだ。
やってしまった、こんな大事な場面で自己紹介をミスってしまった。
一瞬で頭の中が真っ白になる。このミスで全てが終わってしまったと、そう思い込んでしまいそうになっていた。
……いや、大丈夫だ。こんなの後から全然取り返せる。
果穂さんだってそうだったじゃないか。
俺に御前崎カレーを作ろうとした矢先、肝心の「かつおのなまり節」が売っていなくて頭を抱えたと言っていた。
でも彼女は柔軟に発想を変え、完全再現とはいかずとも十分な完成度のものを作り上げた。
こんなところでテンパって失敗したら、それこそ果穂さんに合わせる顔がない。
落ち着け、立て直すんだ。
「オホン……では、まずは台本の十五ページにある『アンビュラレッドが初めて敵と対峙するシーン』をお願いします」
「……はいっ!」
頭と体に叩き込んだ台本の内容を、無我夢中で演技に変換して出力していく。
大丈夫、思ったより落ち着いている。肝心のセリフの方は飛ばしていない。声も動きも絶好調だ。
ちょっと前までの俺なら、おそらくさっき噛んだ時点でゲームオーバーだと思いこんでしまい、ろくでもない演舞をしていたはず。
でも今は違う。期待して待っていてくれる果穂さんの存在があるから、ちゃんと真っ直ぐ演技に向き合える。
いける、これなら通る。
審査中は、ずっとそんな気持ちだった。
「――ありがとうございました。これにて終了です、お疲れ様でした」
「……ありがとうございました!」
あっという間に審査が終わる。
今後の人生を決める戦いは、まあまあ手応えのある感触だった。
落ちたときのことは……まだ考えないでおこう。
オーディションを終えて果穂さんの部屋へと向かう。
マンションの階段を意気揚々と駆け上がると、彼女の部屋の前には一人の男が立っていた。
「ん? なんだ、あの時のウーバー配達員じゃないか」
「あんたは……果穂さんの……」
小綺麗なスーツ、整えられた身だしなみ、敏腕営業マンだというその男は、手土産を持って果穂さんが帰って来るのを待っている。
もしかしなくともその男は果穂さんの元彼――赤崎雅也だった。
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