第30話 愛はカツ!
私は唯さんとの電話のあと、すぐにスーパーへ買い出しに行った。
何を作るかは彼女と会話しているうちに大体固まった。こういうゲン担ぎというか勝負メシにはバッチリなメニューだなと、二人して笑いながら決まった。
「よーし、これで材料は全部かな」
鶏むね肉、生パン粉、玉ねぎ、卵、あとは先程から炊飯器の中で水を吸わせていて炊き上がるのを待っているお米。
飾り付け用の三つ葉もちょっとだけ入ったパックがあったので買ってきた。
作るメニューはチキンカツ丼だ。
唯さんいわく、潤之介くんや慎之介さんが施設にいたとき、そこの子たちが運動会や部活の大会などを控えた前日になると毎回のように出てきていたメニューらしい。
あえてとんかつじゃなくてチキンカツなのは予算の都合とかボリューム感とかを考えた結果なのだろう。安価とはいえ、潤之介くんに作ってあげる勝負メシとしてはこれ以上ない。
ベタだけど、『カツ』というのは言葉としても縁起が良いし、食べても元気が出る。若い潤之介くんなら、なおさらパンチのあるメニューがいい。
私は鶏むね肉の入ったパックを開けて、大きな一枚肉を取り出す。
自分の両手よりも全然大きなサイズだが、あのスーパーでは驚くべき安さで売られているからたまげたものだ。
鶏むね肉は高タンパク、低脂質でヘルシー食材として名高い。ただし、普通に焼いてしまうと脂質が少ないせいで水分が抜けてしまう。すると食感がパサパサになってしまうため、焼き料理にするには少しコツが必要だ。
でも今回はチキンカツなのでその心配はない。衣をつけて油で揚げることで水分が抜けず、ジューシーに仕上げやすい。
おまけに元々の脂質が少ないので、食べたときにしつこくならない。
不思議なくらい鶏むね肉のチキンカツというのはバランスが取れた料理だと私は思う。
取り出した鶏むね肉をまな板に広げ、皮を剥ぎ取る。そして包丁で肉を削ぐように切り薄く広げていく。こうすることで火の通りが早くなり、余計な水分や旨味が出ていくことを防げるのだ。
広げた肉にフォークでプスプスと穴を開けていく。これも火の通りが良くなるし、食感が柔らかくなる。あとは下味が入りやすくなったりといい事づくめ。ただし結構手間がかかるし、なにより疲れる。
まあ、潤之介くんのことを思えばなんてことはないのだけど。
鶏むね肉に塩こしょうを振って下味をすり込ませる。味が馴染むまでの間に、衣をつけるためのバッター液を用意する。
バッター液とは、小麦粉と卵が合わさった液で、パン粉をつける前に具材にまとわせておくものだ。
もちろん肉に小麦粉をまぶし、溶き卵を絡ませてからパン粉につけても良い。
バッター液を作ったほうが洗い物が少なくなるし、崩れやすいコロッケみたいなものを作るときはこっちの方が作りやすくなる。ケースバイケースだ。
下味をつけた鶏むね肉をバッター液に浸し、次に生パン粉をまとわせる。
少々水分を含んだ生パン粉の方がカリッと揚がる。今回は卵とじにしてしまうのでカリッと揚げる必要性はないかもしれないが、粗めのパン粉の方がダシも染みるし卵も絡みやすいので良いだろうと私は考えた。
パン粉をつけたら、百八十度の油でキツネ色になるまで揚げる。鶏むね肉は余熱でも火が入りやすいので、焦げないように注意する。
色づいたら油から引き上げて少し休ませる。
これでチキンカツは完成。
「……ふう、カツを揚げるのは久しぶりだけど、なんだかいい感じになった」
うまいこと出来たので安心してしまったが、カツ丼の調理はまだまだここからである。
卵で閉じるのはあっという間なので、潤之介くんがやってきてから行うことにしよう。
それまでにお米を炊いて、あとはもう一品秘密のメニューを作ることにした。
しばらくしてスマートフォンに潤之介くんからの連絡が来る。
『配達終わったのでそろそろ行きます』
という、彼らしいシンプルな文面。
この連絡が来ると、うちに到着するのは大体十五分後だ。
炊飯器に表示された炊きあがりまでの時間をみたら、こちらも残り十五分とあった。
ちょうど炊きたてのご飯が提供できそうだ。
冷蔵庫で冷やしているもう一つのメニューの様子を確認する。こちらも良さそうだ。
十数分後、私の部屋のインターホンがピンポーンと鳴る。
「はいはーい」
『お疲れ様っす。配達終わりました』
私は玄関に行きドアを開けると、いつものサイクリングウェアに見を包んだ潤之介くんがそこにいた。
「いらっしゃい」
「おじゃまします。……なんか香ばしい匂いがするっすね? 揚げ物っすか?」
「まあ、そんな感じ。ほら、あがってあがって」
潤之介くんを居間に通すと、私は再びキッチンに立つ。
そしてコンロに火をつけ、休ませておいたチキンカツを再び油の中へ投入した。
そう、二度揚げである。
二度揚げすることで再び温まるのはもちろん、衣をサクサクさせる効果がある。また、熱い油は粘性度が下がってサラサラになるので、揚げたあとの油ぎれが良くなりしつこさがなくなるのだ。
手間かもしれないけれども、手間をかけるだけのメリットは大いにある。それが二度揚げ。
揚げ終わったチキンカツはやけどしないようにカットしておく。
その一方でカツ丼や親子丼を作るときの専用器具である『親子鍋』に、醤油、酒、みりん、砂糖、ダシ汁、薄く切った玉ねぎを入れて煮立たせる。
親子鍋はおたまとフライパンが合体したような、取っ手が長くて底の浅い鍋だ。カツ丼を出すようなお店に行くと、ものすごい数の親子鍋がコンロにかかっていたりする。
煮えてきたらチキンカツを投入し、溶き卵を上から回しかける。
卵に火が入りすぎないところで火を止め、余熱で半熟の状態にしあげていけば、チキンカツ丼の『アタマ』の部分が完成だ。
丼に炊き立てのご飯を盛り、ダシ汁ごと『アタマ』を盛り付け、最後に三つ葉を添えればチキンカツ丼の完成だ。
これで明日のオーディションも、絶対に勝てる!
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