第28話 私も潤之介くんの夢を全力で応援したい

「――とまあ、そんな感じで今日の今日まで役者をやっているというわけっす」


 潤之介くんの過去のエピソードをひと通り聞かせてもらった私は、すっかり感動してしまっていた。

 

「素敵なエピソードだね。まさに人生の転換点って感じ」

「ですね。あれがあって兄貴は消防士になったし、俺は役者を志すようになった」

「すごいよね。そうやって夢に向かって走り続けられるの、とってもカッコいいと思う」

「ははは、兄貴はちゃんと叶えましたけど、俺はまだまだっすよ。でも、ちゃんと叶えたいなあって思います」


 彼の眼差しは、純粋すぎるくらい真っ直ぐだった。

 日々夢のために頑張れる人というのは輝いて見える。

 

 その一方で、私には一つ気になっていることがあった。

 エピソードの中に出てくる黄金井美織さんのことだ。


「それで、そのみお姉――美織さんは今なにを?」

「ええっと、実はみお姉も役者の道を志していたんです」

「やっぱりそれは、戦隊ヒーローになりたくてってこと?」

「だと思うっす。演技も上手かったし声も良かったし、何よりルックスが凛々しくて女性人気があったっすから。……果穂さんは聞いたことありますかね? 『茶谷ちゃたに美織』って名前でやってたんすけど」


 私はその名前に心当りはなかったけれど、スマホで検索して宣材写真をみたらピンときた。

 この間サブスクで見たラブコメディ映画のなかで、女性なのに主人公の元カノを寝取ったとてつもない女たらしな女性の役をやっていた俳優さんだ。

 確かにエピソードに似合いそうな凛々しい人だった。


「度々演技指導とかしてもらってたんすけど、ついこの春に俳優業を辞めてしまって……」

「えっ……どうして?」

「まあ、あまり売れなかったというのもあると思うんですけど、年齢的に戦隊ものからお呼びはかからないし、他にもっとやりたいことができたからって言ってて」

「そっか……俳優さんも大変なんだね」

「正直それを聞いたときはショックでした。みお姉の背中を追いかけていたようなものだったんで……全然稽古に身が入らなくて……」


 それを聞いてふとあることを思い出した。

 

 夏くらいまでは潤之介くんの役者としての調子がとても良くなかったと、慎之介さんや唯さんが言っていた。

 もしかしたらその原因は、憧れの美織さんが俳優業を辞めてしまったことなのかもしれない。


「正直俺も辞めようかななんて思ったっんすよ。生活できないし、売れたところでどうなるかわからないし。全然うまく行かなくて、心身ともに調子崩してて、でもお金はないといけないから、悩まなくてもいいようにバイトをバンバン入れてたんす」

「……もしかして、潤之介くんと初めて会ったときって」

「ええ、朝から晩まで働き詰めで、このままぶっ倒れてもいいかなって自暴自棄になってたところでしたね。だから果穂さんが助けてくれて、めちゃくちゃ救われました」


 潤之介くんはクシャッとした笑みを見せる。

 私としてはただ単に熱中症で倒れていた男の子を介抱して、お腹が空いていたからごはんをつくってあげたそれだけのことだった。

 でも彼にとっては、自分の人生を左右するとても重要なタイミングだったのだ。


「俺がまだ役者を志せるのは果穂さんのおかげなんです。正直、一生かかって返せるものかどうかもわからない大きな恩です」

「そ、そんな大げさだよ」

「いえ、果穂さんが支えてくれるから俺は毎日が充実しています。前を向けます。冗談でも大げさでもなく、大真面目に」


 彼のその真っ直ぐな瞳は、とっても澄んでいた。

 私はただ純粋に、その澄んだ瞳が素敵だなと、そう思った。


「ええっと……それで実はその、来月オーディションがあるんすよね」

「オーディション……? 何の?」

「来年の夏から放送予定の『救急戦隊アンビュランス』っていう作品の……です」

「それって戦隊ヒーローのオーディションでしょ!? ものすごい激戦区っていう」

「ええ、だから今はそれに向けて頑張ってる感じです」

「憧れだったもんね。大丈夫、潤之介くんなら絶対通るって」


 真面目に愚直に頑張っている潤之介くん。そんな彼のことだから、全力で応援したくなる。

 ライバルは多いかもしれないけれど、潤之介くんなら絶対にオーディションに合格するという、よくわからない確信みたいなものがあった。

 だから私は全力で彼の背中を押す。 


「それでその……俺、頑張るんで、よかったらその……」

「うん、心配しないで。ちゃんと元気が出るように美味しいごはんを作ってあげるから」


 と、私が宣言すると、潤之介くんはちょっと肩透かしを食らったように苦笑いする。


 ちょうどそのタイミングを図ったかのように、デザートのティラミスが到着した。

 ここのティラミスは逆の意味で値段不相応。本格的すぎて絶対に三百円の味ではない。

 スプーンで口に運ぶと、クリームの甘さとエスプレッソのちょうどいい苦みが合わさって最高だ。

 潤之介くんは甘いものを控えていると言うので、私が食べる様子をちょっと羨ましそうに見つめていた。


「……まあ、そうっすね、果穂さんのごはんが食べられるなら俺、もっと頑張れるんで」

「早く潤之介くんがテレビで観られる日を楽しみにしているよ」

「ありがとうございます。絶対に合格しますから、見ていてください」

「うんうん、その意気その意気」


 そういうわけで、その後はずっと映画について談笑していた。

 気がついたら潤之介くんの稽古が始まる時刻になっていて、そのままお開きになった。

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