第27話 潤之介くん視点 ヒーローを目指した理由その2
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「――そこの人! すぐに携帯電話で救急車を呼んでください! 慎之介と潤之介はAEDを探してこい! 多分チケット売り場とかインフォメーションに行けば置いてある!」
「わ、わかったよ!」
みお姉は大声で周囲の人に指示を出した。
一応、学園で過ごしているとこういった救命講習を受けることがある。でも、まさか自分がこんな場面に遭遇するなんて思わないので、なかなか教わったとおりに行動するのは難しい。
このときのみお姉の行動は、ものすごく勇気のあることだったのだなと、俺は後からそう思った。
とにかく俺はAEDを探す。
オレンジ色の見た目をしていることや、こういう施設なら大概は置いてあるということを知っていた俺は、兄貴と二手に分かれて周囲をくまなく探した。
「――あった! あれだっ!」
男性が倒れた現場からすぐ近くのインフォメーションセンターにAEDが置いてあった。
俺はそれを持ってみお姉のところへ向かう。
現場に戻ってくると、みお姉は看護師だという女の人と交代で男性に胸骨圧迫――いわゆる心臓マッサージを行っていた。
ちゃんと講習で習った通り、的確なテンポでまっすぐ手を男性の胸部に押し込んでいる。
動揺して何もできなくなってもおかしくないような場面で、みお姉はやるべきことを遂行していた。
「みお姉! 持ってきたよ!」
「よくやった潤之介! ちょっとこの人の服を脱がすのを手伝え」
「了解!」
服を脱がし、AEDの音声指示に従ってパッドを男性の体に貼り付ける。
準備が整って、心臓の痙攣状態――心室細動を止めるための電気ショックが実行された。
「――!!」
「パパっ! 死なないでよパパっ!」
隣で見守る男の子が泣き叫ぶ。
せっかくの楽しい日に父親を失うかもしれないなんて思ってもいなかっただろう。
絶対に助けたいと思った。だって俺にはその気持ちが痛いほどわかるから。
電気ショックのあと、再び胸骨圧迫を再開すると、男性が咳き込み始めた。
止まったはずの心臓が動き始め、呼吸が再開できたのだ。
まだ完全に助かった訳では無いが、ここまでくると助かる確率は高い。
意識が戻ってきたので、容態を見守りながら救急隊の到着を待つ。
しばらくして救急車の音が近づいてきた。無事に救急隊へ男性は引き渡され、病院へと運ばれていった。
あの様子なら最悪の事態にはならないだろう。あの男の子も、父親を失わずに済みそうだ。
「……ふう、どうなるかとおもったが、なんとかなりそうだな」
胸骨圧迫をずっとやっていたおかげで汗だくになっていたみお姉は、兄貴が持っていた水筒の中のお茶を飲んで一息ついた。
「みお姉、すごかった。周りの人みんな何もできなかったのに、一人で救助始めて……」
「そんなことないだろ。AEDを探しに走ってくれた潤之介も慎之介も、今回のヒーローだよ」
「ヒーロー……あっ、そうだ、ヒーローショー……」
俺はふと園内にある時計を見た。
色々あったおかげでヒーローショーが始まるどころか、既に終わりそうなくらいの時刻になってしまっている。
「……まあそれはしょうがないさ。ヒーローショーも、人の命には替えられない」
「いいの? あんなに楽しみにしてたのに」
「正直観たかったけどな。多分ここでスカイフォースのヒーローショーをやるのは最後だろうし」
戦隊ヒーローものは一年周期で新しいシリーズが始まる。
みお姉はこの年にやっていた『天空戦隊スカイフォース』をえらく気に入っていて、数ある戦隊ヒーローのなかでも最高傑作だと事あるごとに言っていた。
「でも後悔はないさ。ある意味私がヒーローになれたようなものだし」
「ヒーローに?」
「そう、泣き叫んでいた男の子がいたろ? 私が何もしなかったら、多分あの子は父親を失っていた。かつて潤之介が感じたような悲しみとか寂しさを背負う可能性もあった」
「……うん、それはおれも思ったよ。ここであの人が死んじゃったら、あの男の子がものすごく悲しむだろうなって」
「そうだな。だから私はそれを救った。あの子にとって、私がヒーローになれればいいかなって、そう思ったんだ」
ヒーロー大好きなみお姉らしい、そんな答えだった。
ただ、そんな寝ても覚めてもヒーロー大好きなみお姉ゆえに、ヒーローショーを見逃してしまって残念な気持ちになっていることも俺にはなんとなくわかった。
その時の俺は多分何も考えていなかった。
みお姉の活躍が凄かったので、ならば彼女も報われるべきなのではないか。
ただそれだけの気持ちで、俺はこんなことを言ってしまう。
「……じゃあ、おれがもっと大きくなったら、ヒーローショーをやるよ。今度はみお姉が見逃さないように」
「おおっ!? それはいいことを聞いたぞ? 潤之介、その言葉忘れるなよ? 私はこう見えて執念深く約束を覚えているからな」
「やるよ。絶対にやる。天空戦隊スカイフォース……ではないかもだけど」
「構わないさ。未だ見ぬ戦隊だろうが、ヒーローに変わりはないしな。じゃあ、約束だ」
みお姉は小指を出してきた。指切りげんまんと言うやつだ。
約束を交わした後、みお姉はいたずらのようにこんなことを言い始める。
「まあ、戦隊ヒーローになるためにはまず立派な俳優にならないといけない。当然ながら身体が鍛えられていないといけないわけだ」
「……う、うん?」
「そういうわけだから、まずは毎朝のジョギングから始めてみるか? いつも私が走っているコースを一緒に」
ニッコリとみお姉から視線を向けられ、俺はゾッとする。
彼女は体を鍛えることも好きで、毎朝のジョギングや夕食後の筋トレ、風呂上がりの柔軟ストレッチを欠かさず行っている。まるでアスリートだ。
「そ、それは……」
「おーっと潤之介、さっき指切りげんまんで約束を交わしたよな? 嘘ついたらどうなるか知っているか?」
「は、針千本……」
「そうだな。そんなものを飲むくらいなら、毎朝走ったほうがいいってことよ」
「……はい」
そういうわけで、俺はあの日何気なく言ってしまったことをきっかけに、今でも体を鍛えつつ演技の稽古を行っているというわけだ。
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