第26話 潤之介くん視点 ヒーローを目指した理由その1


 幼少期の俺は、ヒーローなんて大嫌いだった。

 自分の両親が事故で死んで、こんなにもつらい思いをしているのに何も助けてくれなかった。

 

 子供ながらにあれは遠い世界の話で、自分は別の世界で生きているからヒーローなんて存在しないのだと、妙に世の真理みたいなことに感づいていたなと思う。


 

 小学校入学前から兄貴と一緒に施設に入ったときから、面倒を見てくれた先輩がいた。

 名前は、黄金井こがねい美織みおりさん。

 俺が小学校を出る前に高校を卒業して施設を出ていったので、年齢としてはそれこそ果穂さんと同じくらいなのかな。


 ショートヘアで快活な性格、制服のスカートが嫌だといつもゴネていたけど、施設のみんなをまとめてくれるリーダーシップのある人だった。

 俺も例に漏れることなく、美織さんを慕っていたと思う。



 

「なあ潤之介、今度学園の遠足があるだろ? 私と共謀して行き先を遊園地にしないか?」


 俺が小学五年生のとある秋の日、美織さんは俺にそう提案した。

 ちなみに彼女の言う『学園』というのはこの施設のことで、名前が『平和学園』ということに由来している。

 様々な境遇の人がいるので『施設』と対外的に言うのは憚られることがあるので、みんな『学園』と呼ぶことにしているのだ。


 その『学園』には毎年恒例の遠足がある。下は未就学児から上は美織さんのような高校生まで年齢層が広いので、大概は少し遠くにある広い県立公園になることが多い。

 ただし行き先は事前の打ち合わせで決まるので、美織さんは根回しして遊園地に行こうと画策していたようだ。

 この学園の小学生グループの代表が俺で、中学生は兄貴しかいないので、白槻兄弟を丸め込んでしまえばこっちのものだろうと彼女は考えたに違いない。

 多分兄貴はあっさりOKしたと思うので、あとは俺といったところだ。

 

「遊園地に……? どうして?」

「その日にヒーローショーがあるんだよ。天空戦隊スカイフォースの」

「なあんだ……またみおねえのヒーロー趣味か……」

「なんだとはなんだ、ヒーローはいいぞー? めちゃくちゃかっこいいんだからな」

「あのさあ、高校生の女子が戦隊ヒーローを観たいなんておかしいんじゃない? 学園の女子とか年上の人でそんなの興味ある人いないよ?」

「女子だとか高校生だからとか関係ないぞ? かっこいいものはみんな好きだろ?」

「おれは好きじゃない」

「いーや、そんなことはない。潤之介はただヒーローのことを知らないだけだ。スカイフォースのショーを観れば絶対に気持ちが変わるはず」

「そんなわけないでしょ……。もうおれ小五だよ? さすがに戦隊ヒーローは卒業しちゃったよ。……ってか、そもそもあんまり観てないし」

「観てないならまだ好きになる余地があるっ! というわけで遠足の行き先は遊園地にしたいから、潤之介からも推しといてくれ」

「もう勝手なんだから……」


 美織さん――みお姉はいつもこんな感じだ。リーダーシップもあるけど、皆を振り回す身勝手さもある。

 でもそれが不思議と嫌じゃなかったあたり、この人の人柄の良さというのは特別だったのかなとも思えた。


 うまいこと意見を丸め込んだみお姉の働きかけもあって、遠足の行き先は遊園地になった。

 当時の俺としては公園でも遊園地でもどちらでもいいと思っていたので、特に異論はない。

 遠足の日までみお姉がずっとウキウキしていたので、毎日毎日戦隊ヒーローに対する魅力を説こうと俺に話しかけてくるので大変だったのをよく覚えている。



 

 遠足当日。

 学園の年長組は同じグループに固められるので、みお姉や兄貴と一緒に園内を回ることになった。

 ヒーローショー以外もみお姉は楽しみにしていたようで、本当は女子高生じゃなくて俺と同じ小学五年生の男子なのではないかとおもうくらいはしゃいでいた。

 ジェットコースターがてっぺんから降りてくるときの叫び声なんかは、とても年頃の女子とは思えないものだった。

 今思い出しても笑ってしまいそうになる。


 散々遊んで、もうそろそろお目当てのヒーローショーが始まるというときのことだった。


「いやー、ゴーカートで爆走するのは気持ちいいな!」

「みお姉、コーナーでもスピード落とさないからぶつけまくってたよね」

「せっかくノリノリで走っているのにブレーキを踏むのはもったいないだろ?」

「何がもったいないんだ……」


 まるで『爆走上等』とステッカーが貼られたバイクを操るかのように、みお姉の運転は激しかった。

 対称的にものすごく慎重に運転していた兄貴が周回遅れとなり、みお姉のマシンに煽られていたのはちょっとおもしろかったけど。


「もうそろそろだな。いやー楽しみだ、いつもテレビでしか観てないからな」

「よく言うよ、放送だけでなくて録画して何回も見直してるくせに」

「バカだな潤之介、一回の放送は最低三度は繰り返し観ておかないともったいないだろ?」

「だから何がもったいないんだよ……」


 お決まりの豪快な笑い声が響くと、俺はやれやれとため息をつく。

 まあでも、みお姉はいつも学園のことや自分の学業なんかをきっちりこなしている優等生なので、こういう息抜きもあっていい。


 ヒーローショーが開かれるステージ広場に向かう途中。

 俺と兄貴とみお姉は談笑しながらてくてくと歩いていた。

 同じようにヒーローショー目当ての人たちが同じ方向に向かって歩いている。

 親子連ればかりで、両親のいない俺にとってはちょっと羨ましいなと思える光景でもあった。


 まあ、こればっかりはどうしようもないなと思っていたその瞬間、目の前を歩いていた大人の男性が急に倒れた。

 その男性の子供だろうか。一緒に歩いていた小学校低学年くらいの男の子が動揺し始める。


「パパ……? ねえ、パパどうしたの!? ねえってば!!」


 男性には意識がなかった。

 あとから知ったのだけれども、健康な人でも何らかの原因で突然心停止が起こることがあるのだとか。

 倒れてしまったとなれば、とにかく迅速な救急救命措置が必要になる。


 しかし、周りには人がたくさんいるのに、誰も動けない。

 突然の状況に対して的確に動ける人は、実はそれほど多くない。


 でも、そんな中でいの一番に動き出した人がいた。

 それは他の誰でもない、みお姉だった。

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