第24話 電車で密着、ついに名前で呼ぶ

 次の日、駅の改札前へ向かうと、すでに白槻くんが待っていた。

 昨日買ったであろう真新しいコートに身を包んだ彼は、ちょっと周りから見ても雰囲気が違う。なんとなくオーラがあった。

 

「ご、ごめん、待ったでしょ?」

「いえ、全然っすよ。さっき来たところっすから」


 そう彼は言うけれど、多分長いこと待っていたのだろうなと思う。

 なんとなく寒そうにしていた。ちょっと申し訳ない。


「とりあえず電車乗りましょ。この時間なら多分空いてるんで、映画のラインナップでも相談しながら」

「そうだね、行こうか」


 白槻くんは自動改札にICカードを、私はモバイルアプリが入ったスマホをタッチして駅ナカに入る。

 すぐに電車がやってきたのでそのままそれに乗り込んだ。


 彼の言うとおり電車は空いていた。ありがたいことに、二人座れる余裕があったのでそこに腰掛ける。

 すぐに白槻くんはスマホを開いてきて、今日の映画のラインナップが表示されたウェブページを見せてきた。


 ……どうしよう、電車だから席が隣になるのは当たり前とはいえ、こんなに彼が近いことなどあまりなかったから緊張する。

 でも、なんだか離れてほしくない。許されるのであれば、もう少しくっついていたいようなそんな感じ。


「今からだとこの辺が観られそうっすね」

「そうだねぇ、ちなみに直感で観たいなって思ったものはある? 自分の好みだけで」

「本当に好みだけでいうなら……これっすかね」


 白槻くんが画面をタップして表示されたのは、特撮ヒーローモノの劇場版だった。

 

 ……やっぱり青柳夫妻に聞いたとおりだ。

 実は昨日、白槻くんの好きな映画やテレビ番組などを訊いてみたのだ。

 おそらくそこには彼が役者をやろうと思った理由も含まれているだろうから、彼のことを知るためのチャンスだと考えたわけである。


「んじゃ、これにしよっか」

「いやいや、それじゃ果穂さんの意見が全然反映されてないじゃないっすか。せっかくなんすから、俺のことなんて」

「ううん、これでいいんだよ。私が興味持った作品なんだもん」

「このヒーローものを、……果穂さんが?」

「そう。今日はその……じゅ、潤之介くんの観たいものを一緒に観たいなって考えてたから」


 ついに言ってしまった。

 年下の男の子を名前で呼ぶなんていつぶりだろうか。下手したら人生で初めてなのではないか。

 でも、そんな記憶を遡って確認するような気持ちの余裕はない。


 あまりの恥ずかしさに心臓がドキドキして、顔中に血液がぐるぐる回って沸騰しそうになる。自分では見えていないけど、多分私の顔は真っ赤だ。耳なんて下手なリップより赤いかもしれない。


 全く潤之介くんから反応がないので、私は恐る恐る彼の方を向いた。

 すると彼もいきなりのことでびっくりしたのか、頬を染めながら困った表情をしていた。よく見たら耳も赤い。


 なんやかんや、私達二人は似たもの同士というか、同じレベルの恋愛経験しかないのだろう。青柳夫妻がやたらとニヤニヤしていたのは、この初心な感じがもろに出ていたからに違いない。と、私は少し冷静になってきた頭で推察する。


「……名前で、呼んでくれるんすね」

「ほ、ほら、お兄さんとややこしくなったら大変だし」

「い、いや、うちの兄貴は今、『青柳』なんですけど」

「そ、そういえばそうでした……」


 照れ隠しのつもりが完全に墓穴を掘った。

 名前を呼んだ瞬間よりもこっちのほうが恥ずかしい。


「じゃ、じゃなくて、映画でしょ映画! これ観ようよ、『劇場版 魚介戦隊カイセンジャー』」

「いいんですか……? だってこれ、子供向けで果穂さんには……」

「最近の戦隊モノは大人も楽しめるって聞いたよ? それに白……潤之介くん、好きなんでしょ?」


 潤之介くんは少し考えこむ。

 私にお礼をしたいという体で今日のデートを企画したので、自分が見たいものを見に行くということにちょっと抵抗があるのだろう。


「ええっとね、昨日潤之介くんが返ったあとお兄さんたちと話しててね、ちょっと思ったことがあって」

「思ったこと?」

「うん、私って実は全然潤之介くんのこと知らないんだなって」

「ああ……それはその、俺があまり自分のこと言わないから……」

「お兄さんも唯さんもそう言ってた。潤之介くん、あんまり弱みを見せたがらないって」

「……すみません、俺の境遇って結構重めの話になったりするかなと思って、言いたくなかったんすよ」

「ううん、謝ることはないよ。私も無理に聞きたいなんて思ってないから。……でもね、ちょっとずつでいいから、潤之介くんのことを知っていかないとなって」

「それでこの映画を……?」


 私はコクリと首を縦に振る。


 昨日の一件で生暖かい目で応援してくれる青柳夫妻らしく、あの二人は答えは教えずにヒントを出してくれた。

 幼少期の潤之介くんは、日曜の朝になるとテレビに張り付いていたらしい。

 それは多分、戦隊モノとか特撮ヒーローとか、そういったものが好きなんじゃないかなと私は考察した。

 ……まあ、低確率で女児アニメの可能性もあったけど、それはそれで意外性があって面白いからよしということにはしておいた。


「ははっ……参ったなあ。俺の考えたデートプラン、白紙じゃないっすか」


 潤之介くんはそう言いながら、ちょっとうれしそうに笑った。


 こっそり私は彼に少しだけ寄りかかって密着しているうちに、電車は目的地へとたどり着いた。

 

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