第23話 これ、親族から外堀を埋められはじめてない?

「いきなりつかぬことを聞くんですけど」

「な、なんですか?」

「果穂さんっておいくつなんですか?」


 唯さんがそう聞いてくるので本当にいきなりだなあとは思いつつ、私は正直に答える。


「二十八歳……です」

「ってことは、私とか潤之介より七歳上ってことですね」

「そ、そうですね……」

「じゃあ、まずはその敬語やめましょ」

「やめましょって言われま――言われても」

「大丈夫です。誰も失礼に思ったりしないので、もう少し自分に自信を持ってください」


 年下の女の子に励まされたような、諭されたような、ちょっと情けない状況だ。

 いや、実際のところ情けないわけなんだけど。


「そういえばこの間差し入れてもらったスイートポテト、めちゃくちゃ美味しかったです。噂通り、果穂さんはお料理上手なんですね」

「い、いや、あれはレシピがよかっただけで私は別に……」

「そんなことないですよ。レシピには分量とか手順とかは書いてあるけれど思いやりというか、ホスピタリティまでは書いてないですから」


 唯さんはニッコリと私に笑顔を向ける。

 とても眩しいそれは、私には真似できない真夏のひまわりのようだった。

 

「食べやすい大きさにするとか、美味しく食べられるように温度を気にして容器を選んだりとか、楊枝を添えたりするとか、ちゃんと食べる人のことを考えてないとできないことですよ。私はそこまで含めて果穂さんのこと、『料理上手』だと思ってます」

「そんな褒めすぎだよ……」

「まあスイートポテトしか食べてないので実例が不足してるかもですけど、ここ最近の潤之介の様子を見てたら間違いないかなって」


 唯さんの隣にいる慎之介さんも「確かになあ」とつぶやく。


「そんなにわかりやすく違うんです――違うの?」

「もう全然。夏頃までは修行でもしてるのかってくらい限界まで働いて稽古してしんどそうだったのに、なんか心の余裕が出てきたって感じですかね?」

「夏頃……ちょうど出会った頃だ」

「そう。だから私たちはあいつに彼女でもで来たんじゃないかなって邪推していたりしたんですけど、蓋を開けたらやっぱりなって」

「か、彼女じゃないで――ないよ!」


 思わず敬語になってしまいそうなところを言い換える。

 

 あのときの白槻くんは、かなり苦しい状況だったらしい。すると彼にとって私は、タイミング良く現れた救世主的な存在なのかもしれない。なんだか恥ずかしくてむず痒くなる。


「役者としてもずっとスランプだったんですよ。高校のときから主役級をガンガン演じてたのに、今年の夏頃までは色々あって全然ダメで」

「そうだったんだ……この間見たときはそんなの全然感じなかったというか、むしろ凄いなと思ったくらいなのに」

「ちょうどあの頃から急激に良くなったんですよね。この間果穂さんが観に来てくれたときも主役級でしたけど、うちの監督とか脚本担当も潤之介の変化に気づいて抜擢したらしくて」

「白槻くん、頑張ってるんだなぁ……」


 私はただごはんを作った程度のことしかしていないので、白槻くんの役者としての調子が良くなったことに関してはあまり実感が湧かない。

 多分それは元々彼のポテンシャルの高さと積み上げてきた努力があってこそのことなので、ぽっと出の私がどうこうしたと考えるのはどうにもおこがましいのではないかと思ってしまった節もある。


「果穂さんに俺からもお願いです。できるならあいつのそばにいてほしいんです」


 ふと、お兄さんである慎之介さんからもそんなことを言われる。


「多分知っているとは思うんですけど、俺たち兄弟は早くに家族を亡くしてて、……まあ、いわゆる施設育ちなんですよ」

「……えっ? そんなこと、初めて聞いた……」

「……まあ、あいつはそうやって自分の境遇とか、弱みとか、自分の暗いところを全然人に話そうとしないんで」


 少しショックだった。

 私と白槻くんの信頼関係が深いかはどうかはさておき、彼にそんな大変な背景があったという素振りすら見せなかったから。


「あいつちょっと頑張り屋というか、夢に向かってまっすぐすぎるので、自分が弱くあっちゃいけないってまだ考えてると思うんです。施設にいたこともあって、自分で自分のことくらいできなきゃいけないって」

「……言われると、確かに壊れちゃうんじゃないかって思うくらい頑張ってたかも」

「だからあいつには弱いところを見せられる人がいるといいなというか、人に頼ることを覚えてほしいなって兄として思うわけですよ。……まあ、本来は唯一の肉親である俺がそうあるべきなんですが、お互いに仕事が仕事なのでね……」


 慎之介さんは苦笑いする。

 そういえば、彼は何の仕事をしているのだろう。

 俳優さん……ではなさそうだけれども、随分と身体が鍛えられているので、肉体的な力を必要とするお仕事なのではないかとは思う。


 そういえばさっき『非番だから』とか言ってた気が。


「ああ、実は俺、消防士をやっているんです」

「どおりでその……」

「ええ、身体鍛えるのが好きなので活かせる仕事をしたいなって。でも潤之介は役者で俺が消防士だと、顔を合わせることもあんまりなくなっちゃって。おまけに結婚もしたものだからあいつが妙に気を使うようになって。あはは……」


 私との結婚はおまけだったんだーと唯さんがニヤニヤしながら慎之介さんを問い詰める。

 言葉のアヤだよと慎之介さんが困った様子で狼狽えるのを、唯さんは楽しんでいる感じだった。

 

 こういう親密な関係というのはなんだか羨ましい。

 私と白槻くんがこうなるかどうかはさておき、雅也のときは絶対にこんな雰囲気にはならなかったから。


「要するに、果穂さんには潤之介の精神的な拠り所になってもらえたら嬉しいなって思うんです。潤之介が立ち直ったのも、間違いなく果穂さんのおかげなので」

「そ、そんなことは……」

「ありますよ。だってあいつ、明日デートだって判明してわかりやすく喜んでたじゃないですか。果穂さんが良ければきっと大丈夫ですよ」


 背中を後押しされて、やっと少しだけ自信が出てきた気がした。明日のデートでもう少し白槻くんのことを知りたい。そんな気持ちで私の心の中はいっぱいだった。

 

 そんな私の緩んだ表情を確認して、唯さんも一安心したようだ。

 

「いいねいいね。これで果穂さんと潤之介の仲が深まれば私はとても嬉しいですよ。あいつ本当にここまで恋愛のレの字もしてこなかったから、果穂さんみたいな人を逃したら一生独身な気がして」

「あはは……さすがにそんなことはないと思いますけど。白槻くん……かっこいいし」


 すると、唯さんは何かに気づく。

 

「そうだ果穂さん、その『白槻くん』っていうの、明日からやめてみません?」

「……えっ?」

「明日いきなりあいつのこと『潤之介』って呼んでみてください。絶対動揺して面白くなると思うんです」

「えっ……ええー!?」


 ずっと苗字で呼んでいたのにいきなり名前呼び。

 何気ないことであるはずなのに、唯さんのその提案で一気に私は緊張してきてしまった。


 明日のデート、大丈夫かな……?

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