第22話 とってもフレンドリーな義姉さん(年下)
「――それで潤之介ったらマジで服選びのセンスなくてびっくりしちゃってー」
偶然白槻くんとそのお兄さん夫婦の三人に出くわしてしまった私は、なぜか成り行きで近くのカフェでお茶することになった。
白槻くんのお兄さんである慎之介さんとその奥さんの唯さん。
気まずいかなと思っていたけれど、唯さんの会話力のおかげでなんとかなっている。
話を聞くと白槻くんと唯さんが同い年で、慎之介さんが彼らから二つ年上なのだとか。
……つまり私はこの中でぶっちぎりの年長者であるわけだ。なんだか急に老けた気がしないでもない。
「明日デートなのにありえない服の組み合わせとかやっちゃったらまずいと思って連れてきたわけなんですよねー」
「ちょ、ちょっと唯、デートって……」
「なに潤之介? この期に及んでデートじゃないとか言いはるの? そんなこと言ったら果穂さん悲しんじゃうよ?」
唯さんは私の方に視線を向ける。
ちなみに四人がけのテーブルで、私と白槻くんが隣り合わせ。テーブルを挟んだ向こう側に青柳夫妻が座っている。
みんな仲がいいなあとぼんやり考えていたら、返答するのを忘れてしまっていた。
「……ほら、果穂さんも困ってるだろ。明日はただ、映画を見に行くだけだよ。ですよね果穂さん?」
「えっ!? あっ、いや、……ごめんなさいぼーっとしてて……ええっと? 明日のデートのことですか?」
咄嗟のことだったので、思わず「明日はデート」であるという本音が出てしまった。
私はここまでの話の流れを完全に聞き逃していたので、自分だけが明日デートだと思っているのではないかと恥ずかしくっなってしまった。
しかし、そんな私を見て青柳夫妻――特に唯さんはニヤニヤした表情を浮かべて楽しそうにしていた。
「ほらー! やっぱりデートじゃん。潤之介も果穂さんもお互いにデートだと思ってるくせに口に出さないようにしててさー、全くどんだけ奥手なの? 潤之介、うちのダーリンよりヘタレだよ?」
「うっ……兄貴よりヘタレって言われるのはなんか嫌だ……」
「まあでも見ていて楽しいよねー、微笑ましいったらありゃしない」
「ゆ……唯め……」
白槻くんは唯さんをジト目でにらみ返す。
その一方で、明日がデートであると思っていたのは自分だけではないということに気づいた私はホッとしていた。
「よかった、明日はデートなんだ」
心の中でつぶやいたはずが、うっかり口からそんな言葉が出てしまっていた。
慌てて私は手で口を押さえるけれども、出てしまった言葉は取り消せない。
ふと隣を見ると、真っ赤に顔を染めた白槻くんが視線をどこか遠くへ逸していた。
「ほらー! 果穂さんもデートだって思ってるんだから、潤之介がちゃんとしなきゃ!」
「……はい、すみません」
「私じゃなくて果穂さんに」
まるで母親かのように唯さんがそう言うと、白槻くんはこっちを向く。
「す、すみません、俺てっきりその……」
「う、ううん、白槻くんは悪くないよ。私もどうしたらいいのかわかんなくて……ほら、この紙袋もさっき買った服とか化粧品とか……」
「それって……?」
「……私も、服なんてしばらく買いに行ってなかったから不安で。そしたら白槻くんが唯さんと一緒に買い物してるからびっくりして……お兄さんにぶつかっちゃって……」
不安だと思っていたことを打ち明ける。
恥ずかしさはあったけれど、すぐに気持ちが楽になった。
要はお互いに自信がなく、危うく誤解をしかけていたという、それだけらしい。
「まあこれで変に緊張しながらデートしなくても良くなったし? 結果オーライでいいんじゃない?」
「確かに兄さんが果穂さんとぶつかってなかったら、誤解されたままだったけどさ」
「うちのダーリンに感謝しなさいよね。……てか潤之介、バイトの時間大丈夫? 今日は配達じゃなくてイベント警備員の単発バイトでしょ?」
唯さんがそう言うと、白槻くんはスマホを取り出して時刻を確認する。
「ヤバい、そろそろ行かないと」
「あっ、そうそう、今日のごはんは要る……?」
「ええっと、晩飯の弁当が出るらしいんで大丈夫っす」
「わかった。気をつけてね」
「行ってきます」
やや急ぎ気味に席を立っていった白槻くんを見送る。
テーブルには私と青柳夫妻だけになり、改めて二人からの生暖かい視線が私に向けられる。
「あの……な、なんでしょう?」
「ううん、なんでもないですよ。ただ仲良さそうだし、ほんわかしていていいなあって」
「仲……良いのかな……?」
「あれで良くないことないでしょう!? もう付き合ってるのかと思うくらいでしたよ?」
「そう……ですか?」
「そうですよ。潤之介ったら最近は口を開いたら果穂さん果穂さんなんですから。あれで明日出かけるのがデートじゃないとか、恋の基準どうなってるのって話です」
恋の基準。そう言われるとかなり自分は曖昧なのかもしれない。
雅也のときは交際しようと割と強引に言われ、振る理由もなかったし当時はあの人柄もわからなかったからすぐに付き合ってしまった。
雅也の機嫌が悪くないか、相手の様子を伺ってばかりだった。そして恋愛経験のなさからそれが普通なのだと思ってしまっていた。尽くして当然、自分のことは後回し。
相手の役に立っていないと不安で、逆に相手から優しくされたり尽くされることに対して慣れていなくて困惑してしまう。
「ちょっと果穂さん、まだ時間ありますか?」
「え、ええ、全然大丈夫ですけど」
「じゃあもうちょっとお話しましょうよ。潤之介ってうちのダーリンに似て言葉足らずなことが多いというか、ちょっと不器用だから手助けしてあげたいなって」
不器用で悪かったなと、唯さんの隣に座る慎之介さんが気まずそうに言う。
私は唯さんのその雰囲気からちょっと込み入った話になるかもしれないと思い、紅茶のおかわりを注文した。
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