第21話 浮気現場!? ……と、思ったら

 白槻くんとの映画デートを明日に控えた土曜日。

 

 明日は気合を入れてお洒落をする……のはさすがに彼のほうが引いてしまいそうなので、せめてみっともなくならないようにと久しぶりに服を買いに出かけた。

 もともとそんなにお洒落でもないし、スタイルがいいわけでもないのでどう頑張っても無難なところに収まるのだけれども。


 駅ビルでいつも立ち寄るお店を数件回り、それなりのものを買うという、まるでルーティンワークみたいな買い物をした。私にはこれくらいでちょうどいいのだ。


 本屋に併設されているカフェでお茶でもして帰ろうとエスカレーターを下りたとき、私の目にはある光景が目に入った。


「……えっ? あれって……」


 目線の先にはカジュアル系ファッションのセレクトショップ。

 そこにはメンズのシャツを選んでいる白槻くんがいたのだ。


 彼一人だったならまだいい。驚いたのは、連れの子がいたということ。

 しかもその連れの子は、彼の劇団でチケットもぎりを担当していたあの小柄な女の子だった。


 私はまずいと思って、エスカレーターを下りるとすぐに真裏にある上りのエスカレーターへ乗り換えようとした。


 動揺して何も考えられなかった。

 なぜなら二人は仲睦まじそうに服を選んでいたから。


 きっと白槻くんはあまり服を持っていないのだ。

 いつもうちに来るときは配達のために自転車を漕ぐ格好だし、稽古のときも動きやすいジャージだと言っていた。

 

 だから明日私と出かけることになって急遽服を買いにでかけた。でも何を買えばいいかわからなくて、頼ったのがあの女の子。

 そういう事の流れだというのは容易に想像がつく。


 じゃああの二人はどういう関係?

 友達? だったら二人きりなのはおかしくない?

 あの子の他に連れの人がいるなら、友達だと解釈してもいいと思う。

 

 でも、そんな感じには見えない。友達の距離感ではない。

 気軽に服のことなどを相談できる異性が、ただの友達であるわけがない。


 なんとしても私の頭は否定の解答を導き出そうと頑張っていたが、そうすればそうするほど、まるで背理法かのように真実が浮き彫りになる。


 ……あの子は、白槻くんの恋人だ。


 そう考えるほかなかった。

 やっぱり彼にはきちんと恋人がいて、私はたまたま彼を助けてあげた人というだけ。

 なんだか上手く行っている感じがして舞い上がっていたのは、私だけだったということだ。


 息が苦しくなってきた。早くこの場から立ち去って、広いところで空気を吸い直さないと死んでしまいそうになる。

 慌てて上りのエスカレーターのほうに向かおうとしたところで、私は通行していた人にぶつかってしまった。


「大丈夫ですか!? す、すみません……」


 想ったよりぶつかった衝撃が大きくて――というより、ぶつかった相手がおそらく大柄な人だったので、私は尻もちをついてしまった。

 そんな転んでいる私にあわてて手を差し伸べてきたのは、白槻くんより背の高い男の人だった。


「だ、大丈夫です、立てます。すみませんでした」

「本当に大丈夫ですか? 結構な勢いでぶつかったので怪我とかされてませんか? ……ってあれ? 貴女は……?」


 私は上を見上げると、彼の顔はどこかで見たような顔だった。というより、知り合いと似たような雰囲気を持っている人、と言ったほうがいいだろう。


「もしかして貴女、『果穂さん』……ですか?」

「へっ? ど、どうして私の名前を……?」

「ああ、やっぱりそうだ。すみません、うちの弟がいつもお世話になってて」

「お、弟……?」


 そう言われてピンときた。

 ぶつかってしまったこの人は、どこか白槻くんと似ているのだ。イケイケな白槻くんに比べると、彼は温厚そうで柔和な感じがある。

 

 さっきこの人、「うちの弟」って言っていたよね?

 つまりこの人は、白槻くんの……お兄さん!?

 

 いやいや待て待て早合点は良くない。ちゃんと確認しよう。


「ええっと……すみません、弟っていうのは……」

「潤之介のことだよ、白槻潤之介。あいつは僕の弟です」

「そ、そうなんですか……ははは……」


 私は苦笑いするしかなかった。

 なんせその弟がたった今すぐそこで女の人と一緒に服を選んでいるのだから。


「偶然出会うなんてすごいですね。ちなみに潤之介、今そこの服屋にいるんですよ」

「あはは……そうなんですね……」


 知っている。だからこそこんなところで立ち話などせずに早く立ち去りたい。

 

「でもあいつ服選びのセンスはイマイチだから、うちの奥さんがカッコいいの選んでやるって意気込んじゃって、おかげで僕も非番の日に連れ回されて……って、これは言っちゃダメだったか」

「……ん? ……えっ? 奥さん?」

「そう、潤之介がね、僕の奥さんと服を選んでるんです。彼女は元ショップ店員なので、センスいいんですよ」


 いっぺんにたくさんの情報がやってきて、私の頭の中はどう処理したらいいのかわからなくなっていた。

 いわゆる『渋滞している』という状態だ。


 ……待って待って? 今私の目の前にいる人は白槻くんのお兄さんだよね?

 そのお兄さんの奥さん、すなわち白槻くんの義理のお姉さんと白槻くんが今一緒に服を選んでいる。


 さっき見かけたのは、白槻くんと同じ劇団にいるチケットもぎりをやっていた女の子。

 つまり……?


「ええー!? あの人、白槻くんのお義姉さんなんですか!?」

「び、びっくりしたあ……。でもまあ、そういうことですよ」

「わ、私はてっきりその……」

「まあまあ、昔からの仲ですからね。初めて見る人には誤解されるかもしれないですけど」

「そうなんだ……」


 よかったと言いかけて思いとどまる。

 不思議とさっきまでの息苦しさはなくなっていた。


「申し遅れました、潤之介の兄の青柳あおやぎ慎之介しんのすけといいます。あっ、潤之介と苗字が違うのは、結婚するときに奥さんの苗字にしたからです」

「え、えっと……大黒果穂……です」


 よくわからないまま自己紹介をしていると、先程私が彼らを目撃したセレクトショップの方から何かを察知した二人がやってきた。


「あれ? 果穂さん……?」

「あっ……あはは……白槻くん、偶然だね……」


 彼の手には服のブランドが刻まれた紙袋、一方の私の手にも同じような紙袋が握られている。


 その一瞬でお互いにお互いの状況を理解し合ったようで、そこからしばらくはなんとなく気まずかった。

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