第20話 今度こそデートのお誘い……?

 金曜日の夜、いつもの通り白槻くんとごはんを食べていた。


 今日の献立は定番のしょうが焼き定食。

 

 会社のビルに毎日お弁当屋さんが日替わりランチ弁当を販売しに来るのだけれども、今日はしょうが焼き弁当だった。

 それを同僚がやけに美味しそうに食べていたので、私も食べたくなったというわけだ。

 おまけに、スーパーでしょうが焼きにちょうどいい豚ロースのスライス肉が安く売られていたのでもうこれしかないなという感じだった。


 今回はあまり時間がなかったのでタレに漬け込むことはせず、焼き目がついたところでタレをかけて一緒に焼く方法で作った。

 味の染み込みは漬け込んだものには敵わないけれども、タレと肉の香ばしさが出るのでこちらはこちらで良さがある。生姜の香りも飛びにくい。

 

 北海道名物の帯広豚丼ではこれを炭火で焼くらしい。フライパンで作っても十分香ばしさがあるのに、これを炭火焼きしたらどれだけ美味しくなるのだろう?

 炭火を使える機会があったらぜひ試したい。


「――今日もめちゃくちゃ美味いっす! ちょうど配達でしょうが焼き弁当のオーダーがあって美味しそうだなとおもってたところだったんすよね。もしかして果穂さん、エスパーっすか?」

「まさかまさか。偶然だよ。実は私も似たような感じで、会社に来ているお弁当屋さんがしょうが焼き弁当を売ってて、それで作りたくなったんだよね」

「そんなの奇跡じゃないすか。なんか通じてるみたいっすね」


 白槻くんはなぜかテンションが上がっていた。

 確かにこういう偶然が重なるようなことは稀だけど、そこまで気持ちが高ぶるのだろうか。なんだか無理矢理気分を上げているようにも見えなくもない。

 まあなんにせよ、彼が嬉しそうにごはんを食べているからそれで良しとしよう。


 食べ進めている途中も白槻くんはソワソワしていた。

 なんだか落ち着かないようで、小動物が捕食されないように周囲を伺っているような感じだった。


「そ、そうだ……! か、果穂さん、明後日の日曜日は暇ですか?」

「明後日……? 別に用事はないけど……どうしたの?」

「あ、あの、よかったら映画でも見に行きませんか?」


 私はそう言われてドキッとした。

 これってまさか、デートに誘われている……?


 映画といえば定番のデートコースだ。至近距離で二人の世界に入り込めるからか、ラブコメ作品なんかでもお約束のデートシチュエーション。


 白槻くんと二人で映画に行って、隣あった席に座り、感動するシーンで肘掛けに手をおいたらたまたま彼の手と重なってしまって……そこからもっとドキドキと……。


 なんて情景を頭の中に思い浮かべて一人で悶々としてしまった。すぐに首を振って邪念を消し去る。

 いやいや、これはデートじゃない。真面目な白槻くんのことなので、彼なりにお礼がしたいのだろう。

 私がサブスクでよく映画を観ているということを彼は知っているだろうから、うまいこと私に合わせてくれているのだ。間違いない。


「映画って、何を観るの?」

「果穂さんの気になってるやつが観たいっす」

「私の……? それだと、白槻くんがつまらないかもしれないよ?」

「大丈夫っす! どんな映画でも役者としての勉強になるんで、お好きなので大丈夫です」

「そ、そう? ……うーん、最近の映画、よくわかんないや」

「じゃあ現地行ってから決めましょう! その日の気分ってことで」


 随分前のめりになって彼は私を誘ってくる。

 まあ、白槻くんとしても役者の勉強の側面があるから、楽しみといえば楽しみなのかもしれない。

 ここは素直に彼のエスコートを受けておこう。


「うん、じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」

「本当ですか!? なら日曜日の十時に最寄り駅の改札前で待ってます」

「わかった。十時ね」


 私はスマホのスケジュールアプリに予定を打ち込む。

 普段は仕事の予定ばかり書いてあるこのアプリだけれども、久しぶりにプライベートな用事を入れた気がする。

 

 雅也のときは、こんな予定立てて出かけることなんてなかったし、予定してもドタキャンされることなんてたくさんあった。

 あいつが仕事で忙しいのは知っていたから仕方がないと思っていたけど、今こうやって普通に予定を立てて出かけられることになって喜んでいる私がいた。

 おそらくあのときの私は、知らず知らずのうちに寂しがっていたのだろう。


 寂しいのが当たり前だと思っていたので、こんな感じで白槻くんと出かけられるのが何気に嬉しかった。

 ……まあ、彼は彼氏でもなんでもないし、ただお礼をしてくれているだけだから、私が一人で舞い上がってしまっているだけかもしれないけど。

 それでも、一緒にいられる時間があることがとても愛おしかった。


 ……やっぱり私、いつの間にか白槻くんのことが好きになってしまっているのだろうか。

 一緒にいるだけで楽しいし、幸せだし、救われている気がする。なんならずっとこのままがいい。


 でも、これ以上距離を縮めようと踏み込んでしまったら、この心地よい関係が壊れてしまいそうな気がして動けないのだ。

 今までが酷かった故に、変化することを恐れてしまっている。


 ……うん、考えるのはやめておこう。

 とにかく日曜日の映画デートを楽しめるようにしておかなきゃ。


「――ごちそうさまです! じゃあ俺、お皿洗って片付けとくっすね」

「あっ、うん……ありがとう」

「いえいえ、こちらこそいつも美味しいごはんをありがとうございます」


 皿洗いを手早く終わらせた白槻くんは、稽古に行くと言って私の部屋をあとにした。

 日曜日がとても楽しみだ。

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