第19話 潤之介くん視点 果穂さんのガードの緩さはちょっと危なすぎるっす
◆
果穂さんのことをちゃんと守ってあげなきゃダメだな。
と、この間の一件を受けて俺はそんなことを思っていた。
成り行き上仕方がなかったところはあるにせよ、なんの躊躇いもなく男を部屋に入れて一晩泊めてしまう果穂さんのガードのゆるさはやっぱりよろしくない。
俺だったから心を許してくれている……のであれば嬉しいことだけれども、あの人は優しいので他の人にも同じことをしそうな気がする。そして多分、果穂さんにはガードがゆるいという自覚がない。
一応俺には「元彼避け」としての役目がある。けれどそれは彼女が仕事を終えて俺にご飯を作って食べさせる間だけの話であって、その他の時間は特に俺は何もしていない。守備力ゼロ。
もちろん果穂さんの行動を束縛したいわけではない。でも、どうしても俺がアルバイトをしていたり稽古をしていたりしている間、彼女のことが気になって仕方がないのだ。
間違いなく押しに弱いタイプだから、あのしつこそうな元彼でなくても付け込まれてしまいそうな気がしてしまう。
もし果穂さんに何かあったら……と思うと、いろいろなことが手につかない。
施設暮らしをしていたとき、年長者になると小さい子の世話で気が気じゃない状態になったことはあるけれども、それとはなんだか違う。
俺は一体どうしてしまったのだろうか。
「――と、いうわけなんだよ」
稽古の休憩中、もうどうしようもなくなって頭の中の整理がつかなくなったので唯にそのことを打ち明けた。こんなとりとめのない話を聞いてくれそうなのは、昔から唯くらいしかいない。
唯は俺の話をきくなり、すぐに結論を出す。
「いや、潤之介さ……それはあんた、果穂さんのこと好きすぎでしょ」
「す、好きとかそんなんじゃねえって! 俺はただ心配で心配で……」
「気になるんでしょ? 他の男が手を出してきたら潤之介は嫌なんでしょ?」
「ま、まあ、そうなんだけど……」
「じゃあもう好きじゃん! わっかりやすいくらい果穂さんに恋してるじゃん!」
唯はため息をつく。
どうやら俺がこの気持ちを上手に扱えていないことに対して、彼女は呆れているようだった。
「だ、だってよ、好きとか恋とか、全然わかんないんだから仕方がないだろ」
「ええー!? 潤之介、二十歳過ぎてるのに流石にそれはウブすぎない? ちょっと引くよ?」
「しょうがないだろ! 学生の時は自分のことと演劇のことで手一杯で、他のことはからっきしなんだ」
「はあー、まさかこんなに演劇バカだったとは……。あんた今までラブストーリーを演じるときどうしてたのさ? 昔から主役級を演ること多かったよね?」
「いや、なんかわかんねえけど、監督がそういう作品のときは俺を脇役にしてた気がする」
「……あんた自身より監督のほうがよっぽどあんたのことわかってて笑えないわ」
監督、ちゃんと俺のキャラクター見てたんだな……と、俺は変に納得する。
一方の唯は、二十歳過ぎとは思えない恋愛経験がなさすぎる俺にドン引きしていた。
「ちなみに学生のとき女子から告白されたりしなかったの?」
「されたよ。でも興味ないし、知らない子から付き合ってって言われても不気味じゃん? 演劇に打ち込んだほうが全然楽しいと思ってたから、恋愛とか考えたことなかった」
「わーお、純粋培養純真無垢だ」
「悪かったな、全然経験がなくて」
「本当だよ全く。そんな人この世に存在するんだって思っちゃった」
散々な言われようだ。こんなに言われるのなら、もうちょっとまともに青春を送るべきだったかもしれない。
とは言っても、当時はいろいろと無理な状況だったので仕方がないわけなのだが。
「……唯がそんな感じでドン引きするくらいだし、こんなことを果穂さんに知られたらやっぱり嫌がられるよなあ」
「いや? 別にそんなこと無いんじゃない?」
「ん? どうして?」
「別に経験豊富である必要はないっしょ。私は潤之介があまりに純粋すぎてびっくりしたけど、果穂さんは違うかもしれないじゃん?」
「それは……わかんねえけどさ」
「それにさ、ああいうおっとりした人は潤之介みたいな純粋バカのほうが合うと思うよ?」
「誰が純粋バカじゃ」
「まあまあ。だって想像してみ? 潤之介とは逆のタイプ――女の子を何人も手のひらでコロコロ転がしているような男が果穂さんとうまく行きそうに思える?」
唯に言われて俺はその状況を想像してみる。
とりあえず頭の中で、うちの劇団のプレイボーイとして名高い奴を果穂さんの隣に置いてみた。
……違和感しか無い。というか、絶対に騙されている。まずいぞこれは。
「……まあ、確かにうまく行きそうにはないな」
「でしょ? だから潤之介は恋愛経験不足をそんなに心配しなくていいって。むしろそれがいいみたいな?」
「なんか腑に落ちねえけど……まあ、そういうことにしておこう」
「ちゃんと果穂さんのことを好きだって自覚あるんだから、あとはアタックするだけっしょ」
「アタック……ねえ」
「あんたの場合は小細工とか小手先のテクニックとかそんなのいらないと思うから、愚直にデートに誘ってみたらいいんじゃない?」
「デートってお前……どこに行けと?」
「そんなの、果穂さんの趣味とかに合わせりゃいいじゃん」
「果穂さんの趣味……」
パッと思い浮かぶのはお料理。あとは、週末はサブスクで映画を観ているって言ってたっけ。
「それならもう映画館で決まりね」
「即決かよ」
「当たり前じゃん。ってか、見る映画には気をつけなよ? あんたの趣味で特撮ヒーローものとか絶対に観ちゃダメだからね?」
「……はい」
何も意見することなく唯によって全てが決められていった。
まあ、経験無しの俺にはこれくらいガイドしてくれたほうが確かに助かるのだけれども。
「あとは、出かける用の服持ってる?」
「あっ……無いかも……」
「はあ……どうせ稽古用の動きやすい服と配達で自転車乗るときのサイクリングウェアしか無いんでしょ?」
「……なんでわかるんだよ」
「わからないほうがおかしいでしょ。じゃあ週末服買いに行くからついてきて」
「えっ? お前と行くの?」
「私と、うちのダーリンとね。バッチリな服を選んであげるから楽しみにしておいて」
唯は急に乗り気になって俺にウインクまでしてきた。
嫌な予感しかしない。
多分服屋に行ったら俺は青柳夫妻の着せ替え人形にさせられるだろう。
あの夫婦、めちゃくちゃテンションが高いので一緒に買い物へ行ったら間違いなく俺の体力がゴリゴリ削られる。
やれやれ……背に腹はかえられないか。
と、俺は肩をすくめたのだった。
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