第16話 えっ!? 年下の男の子を自宅のお風呂に入れちゃうんですか!?

 寝落ちから目覚めたら外はもう暗くなっていた。

 とりあえず部屋の電気をつけて寝ぼけた目を覚まそうとする。


 しばらくぼーっとしていたら、私のスマホに白槻くんからそろそろ行きますというメッセージが入った。

 思わず背筋が伸びてしまったが、気を取り直して私は料理の準備をする。

 できるだけアツアツで食べてほしいので、鍋に具材とスープを入れ、あとは火にかけるだけの状態を作っておいた。


 しばらくしてインターホンが鳴る。

 応対をすると、そこに立っていたのは濡れねずみ。 

 

 「お……お疲れ様」


 白槻くんは、配達の仕事を終えてずぶ濡れになってしまっていた。

 レインウエアを着ていたとはいえ、ずっと外で自転車を漕いでいたわけだから濡れていないわけがない。


「いやー、びしょびしょになっちゃったっす。このまま上がると果穂さんちを水浸しにしちゃいそうなんで、ちょっとそこよコインランドリーで――」

「よ、よければうち、洗濯乾燥機あるから乾かしていきなよ」

「えっ、いいんすか? ってか、乾燥機あるんすね」

「う、うん、ちょっと成り行きで持ってたりする……」

「いいっすね、雨の日も洗濯物が乾くじゃないっすか」

「ま、まあね……あはは……」


 私はちょっと気まずかった。

 その洗濯乾燥機は雅也と同棲を解消したときに、彼が家電製品はいらないからと言ったからもらったものだ。

 購入するときも彼がポンと現金一括で買っていた。それくらい彼は高給取りだった。


 そんな雅也が買って捨てた洗濯乾燥機で白槻くんの服を乾かすことに、なんとなく後ろめたさを感じてしまっていた。

 今更雅也が洗濯乾燥機に対して何か言ってくることはないだろうし、白槻くんだって多分こんなこと気にはしないだろう。ただ私だけが気に病んでしまっている意味のない後ろめたさ。


 あーもう、いちいち考え込んでしまう自分が嫌だ。


「……へっくしゅっ!」


 考え込んでいると、ふと唐突に白槻くんがくしゃみをした。

 身体がかなり冷えてしまっているのだろう。

 このままだといくら熱々のご飯を食べても風邪を引いてしまう。


「……お風呂入る? さすがに寒いよね?」

「大丈夫っす! ……って強がりたいところっすけど、さすがに寒いっすね。でも服が乾くまでの着替えがないんすよ」

「じゃあ、そこのコンビニでスウェットくらいなら売ってるから、買ってくるね。そのまま洗濯乾燥機に来ているもの入れてお風呂入ってて」

「えっ、あ、ありがとうございます……?」


 私は気を利かせたつもりが、年頃の男子を自分の部屋のお風呂に入れているという事実に頭が追いつかず、なぜか動転してしまっていた。

 

 落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、近くのコンビニでスウェット上下と肌着のTシャツ、そしてボクサーパンツを買った。

 白槻くんは背が高いからサイズはLらしい。男ものの下着を買うなんてなんか変な気分だなと、レジに並びながらぼーっとしていた。

 けれども、よくよく考えてみたらここまでの自分のこの挙動はやっぱりおかしいのではないかと考えてしまう。


 白槻くんが私のことを変に思っていないだろうか。

 いや……そもそも七歳も年下の男の子を部屋に呼んでご飯を食べさせている時点で十分変だ。もう既に変な人だと思われている。変な人にちゃんと付き合ってくれる白槻くんがとっても優しい人なだけだ。


 会計を終えて自宅に戻ると、浴室の方から白槻くんが熱々のシャワーを浴びる音がする。それに呼応するように、洗濯乾燥機もウィンウィン回っていた。


「……着替えとタオル、ここに置いとくね」

「ありがとうございます!」

 

 脱衣所にスウェットと下着、それとバスタオルを置く。浴室との間にあるすりガラスの扉には、彼の引き締まったシルエットが映っていた。


 ……わかってはいたけど、やっぱり鍛えているだけあってシルエットだけで逞しい身体をしているというのがわかる。

 彼が年下であるとはいえ、それは十分に大人の身体。当たり前だ。


 なにか変な妄想をしてしまいそうだったので、私はそれを振り切ってキッチンへ戻る。

 今から鍋を火にかけて煮込み始めれば、白槻くんのお風呂上がりと同じタイミングで食べ頃になるだろう。


 深呼吸して自分自身を落ち着かせる。

 土鍋に入った具材が煮立ち始めると、不思議と心の方は落ち着いてきた。


「うわー、めっちゃ美味しそうな匂いっすね。あ、お風呂ありがとうございました。風邪引かなくて済みそうっす」

「い、いえ、とんでもない。もうそろそろ食べ頃だから座って座って」


 いつもの通り座椅子に白槻くんを座らせる。

 キッチンのガスコンロから卓上のカセットコンロに鍋を載せ替えて、とろ火をキープ。

 ふつふつと煮えている土鍋からは、食欲をそそるごま油やにんにくの香りと、少しだけ海の匂い。

 蓋を開けると鍋の真ん中には、先程購入した牡蠣が据わっていた。


「おおー! 海鮮チゲ鍋っすね! 俺めちゃくちゃ好きなんすよ!」


 一瞬にしてテンションが上がる白槻くん。

 もう立派な大人であるはずなのにその仕草はどこか少年のよう。

 とにかく彼が喜んでいるようでよかった、と、私は胸を撫で下ろす。


「――いただきます!」


 呑水とんすいという、いわゆる鍋をするときの取り皿にお玉で牡蠣などを取り分けると、待ってましたと言わんばかりに白槻くんは食いついた。


「……めっちゃくちゃ美味しいっす! 果穂さん天才すぎっすよ!」


 眩しすぎる笑顔と『美味しい』という言葉。

 それだけで私は、今まで悩んでいたことが全て吹き飛んでしまうくらい嬉しかった。

 彼が喜んでくれるならそれで十分じゃないかと、改めてそう思えた。

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