第14話 潤之介くん視点 励まされる編
◆
俺の所属する劇団「インゴット」の公演が無事終わり、皆で打ち上げをすることになった。
果穂さんが差し入れてくれたスイートポテトを皆へ配ると、その美味しさで絶賛の嵐。
「すごっ、これもうお店じゃん。素人のレベルじゃないって」
「甘さとしっとり感が絶妙よね。ただ甘くしてバターを入れりゃいいってわけじゃないの、ちゃんとわかってるわ」
「……ってか潤之介、いつの間にこんなの差し入れてくれるファンが付いたのさ?」
うちの劇団の女性陣がスイートポテトに食いつく。そのあとすぐ、興味の矛先は俺のほうに向いた。
「ファンというか……助けてもらった人というか……」
「ふーん。もちろん女の子なんでしょ?」
「ま、まあ、そのへんは……」
その女性陣の中で俺に質問を向けてくるのは、高校の同級生で同期入団の
基本的に裏方仕事をこなすことが多いが、たまにステージにも上がる。今日は受付でチケットをもぎっていた。
お客さんとのあれこれはあまり好ましいことじゃない、と役者の先輩に言われ続けていたこともあって、俺は唯に対して歯切れの悪い返しをすることしかできなかった。
「あっ、わかった」
「な、何が……?」
「チケット取り置きしてたあの人でしょ。ちょっとおっとりしたお姉さん系の人」
「さ、さあ……」
「図星だ。あの人、チケット代はちゃんと払いますって頑なだったから覚えてるよ。まったく、潤之介も太客を掴んだねえ」
「太客って言うな」
唯が言うには、果穂さんは正規料金を受付で支払ったとのこと。
一応、いろいろお世話になっているお礼のつもりだったのでお金を取ることはしなかったのだけれども、果穂さんはちゃんと支払った。
その事実を聞いて果穂さんは真面目だなと思う一方、ちょっと彼女から一線を引かれているなとも感じた。
あの人はもしかすると、俺に借りとか作りたくないのかもしれない。
年下で、役者をやっていて、たまたま助けただけの男の子。あの人にとって俺はそれ以上でも以下でもない。なんら特別ではない普通の存在。
思えば打ち上げに誘ったときも微妙な反応だった。
いきなり来て知らない人たちの中に混ざるのって、苦手な人にとっては結構大変なことだ。果穂さんがそれを得意にしているようには思えない。
チケット代を払わせて、差し入れまでもらって、デリカシーのない誘い方をして、そりゃ引かれるなと。
打ち上げの賑やかな雰囲気の中、俺は一人で反省しまくっていた。
「あれー? 打ち上げなのにめっちゃ落ち込んでるじゃん」
しばらく打ち上げ会場の端っこでぼーっとしていると、ほろ酔い状態の唯が俺をからかいにやってくる。
「……うるさいなあ、そういうときもある」
「もしかしてさっきのお姉さんにフラれたの? 聞きたい聞きたい!」
「フラれてねえし! ……ちょっとバカなことしたなって思っただけだよ」
「ふーん……。演技のことならすぐ吹っ切れるくせに、お姉さんのことになると引きずってるんだ」
「悪かったな、演劇バカで」
「まあ、それくらいあのお姉さんのことが好きなんでしょ? 早くアタックして付き合ったら?」
「なっ……! お前……、果穂さんは、そ、そういうんじゃねえって……」
「ほほう、『果穂さん』っていうんだ、あのお姉さん」
にやりと笑う唯の顔。昔からこいつはこうやって俺をからかってくる。
特に女の影がちらつくたび、なぜか楽しそうにしているのだ。
学生時代は俺と唯が付き合っているのかと噂されることもあったが、今ではそんなことはもうない。
なぜなら彼女は既婚者だから。
「もう最近旦那も忙しいし楽しみがなくてさー、潤之介みたいな演劇バカに浮いた話が出てこないかワクワクしてたんだよねー」
「浮いてない! 浮いてないから!」
「へえー、『果穂さん』かあー。潤之介、意外にも年上趣味だったんだ」
「だ、だからそんなんじゃねえって!」
「まあまあ。それで? 果穂さんってどんな人?」
「……言わない」
「ええー、ケチー。じゃあせめて歳くらい教えてよ」
唯にそう言われて、俺はとあることに気づく。
そういえば果穂さんって、いくつなんだろう。
俺より年上なのは間違いないとして、何歳差なのか全く知らない。
でも女性に年齢をきくのは憚られるし、何より聞いたところでどうするんだという感じもある。
俺は別に果穂さんがいくつでも構わない。けれど、いざ年の差を知ったとき、果穂さんにとって俺なんてほぼガキのようなもので、眼中にすら入らないのだろうなと思い知らされるのが怖かった。
「……そういえば果穂さんの年齢、知らないわ」
「マジ? まあ、私がぱっと見た感じだと、二十代後半から三十歳くらいだと思うけど。三十五歳までは行ってないはず」
「……下手すると十歳くらい違うってことか」
「十歳くらいどうってことなくない? 世の中年の差カップルだらけだよ?」
「でもその年の差カップルって、大半は男のほうが年上だろ」
「まあ、調べたことはないけど、そんな気もする」
「大体、大人の女の人からしたら十歳も年下の男なんてガキみたいなもんだろ。果穂さんが今の俺くらいの年齢のとき、俺は鼻水垂らしたクソガキだったわけで……」
自分で言ってて悲しくなってきた。
果穂さんがああいうふうに優しくしてくれるのは、単に子守りをしているようなもの。
実際に元カレと言っていたあの男は果穂さんと同い年くらいだったし、年下の男なんてやっぱり眼中にない気がする。
「……んで? 潤之介は歳が離れてるってことで果穂さんのこと諦めちゃうんだ?」
「そ、そういうわけじゃ……」
「じゃあ頑張ってみなよ。ダメで元々みたいなもんなんだから、諦めるのが一番無駄じゃない?」
「お前なあ……」
唯はこういうとき、とても良いことを言う。
確かに最初から俺は負けに近いところにいる。でも逆に言えばそこからは伸びしろしかないわけだ。
ダメで元々、諦めるのが一番のバカ。だったらもっと積極的にいくしかない。
「ふふっ、一気にいい顔になったじゃん」
「伊達にうちの劇団の看板役者やってないからな」
「ほんとそうだよねー。顔がいいくせに弱気ってなんなのさ、シャキッとしろ!」
ほろ酔いの唯に思いっきり背中を蹴られた。
痛かったけど、俺にはいい薬になった気がする。
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