第13話 そんなに気に病むことないんてないっすよ

 自己嫌悪だ。

 一人で舞い上がって、一人で落ち込むまではいい。

 それに加えて白槻くんを少し突き放すような真似をしてしまった。


 次会うとき、どういう顔をしたらいいのだろう。

 そんなどんよりとした気持ちで翌日を迎えてしまう。


 天気はあいにくの雨。日曜日だというのに、この雨では出かける気が起きない。

 かといって、いつものようにサブスクで映画を見る気にもならなかった。どんな映画を観たとしても白槻くんの面影がよぎってしまって、気分になれない。


 ぼーっとベッドの中で過ごしている。

 それだけで時間は過ぎ去っていってしまう。


 早く目が覚めたはずなのに、気がついたら時計はお昼前になってしまっていた。


「お昼ごはん……作るの面倒だなぁ……」


 いつもなら乗り気でキッチンに立つのだけれども、今日に限ってそんな気分にはならない。

 このまま本当に限界まで何も食べずにいようかなと考えてしまうくらい、今日の私は無気力だった。


 今日はもう駄目な日だな、と諦めがついたとき、自室のインターホンが鳴った。


「……誰だろ? 通販は頼んでないしなぁ。なんかのセールスかな……?」


 立ち上がる気力も無かったので居留守を使うことにした。

 多分ろくな来客じゃない。応対したところで余計に疲れるだけだ。


 そう思うことにして再び布団をかぶる。

 すると、今度は枕元に置いていたスマートフォンが鳴る。


 画面には白槻くんの名前が出ていた。通話の呼び出しだ。

 まさかと思って、私は慌てて通話ボタンを押す。


「もっ……もしもし!? ど、どうしたの?」

『あーいえ、昨日のスイートポテトが入っていた容器を返しに果穂さんの家まで来たんすけど、今お出かけ中っすよね?』

「……スイートポテトの容器?」


 私は昨日のことを思い出す。

 そういえば差し入れで白槻くんにスイートポテトを渡していた。

 私にかわいいラッピングなどできるわけもなく、耐熱ガラスでできたタッパーにスイートポテトを入れ、保冷バッグに包んでいたのだ。なんとも女子力が低い。


 律儀にも白槻くんは、その耐熱ガラスのタッパーと保冷バッグを返却しにやってきたのだ。

 しかも、こんな雨の降りしきる中を。


『とりあえずドアノブのところにかけておいてもいいっすかね?』

「ちょ、ちょっと待って!」


 私は白槻くんがわざわざそこまで来てくれていることに驚き、慌てて自宅のドアを開けた。


「ご、ごめん……こんな日にインターホンが鳴るなんてセールスか何かかとばかり思ってたから……まさか来てくれるなんて」

「ああ、部屋にいたんすね。別にいいっすよ、配達やってると居留守使われるなんてザラなんで。お休みなのにお邪魔してすみません」


 玄関先にはレインウェアを身に着けた白槻くん。

 自転車のヘルメットを被っているあたり、今日も配達なのだろうか。


「はいこれ、昨日のスイートポテトめっちゃ美味しかったっす。劇団のみんなも喜んでましたよ」

「そ、そう……? それならよかった」


 いろいろな感情が渋滞してドギマギしていた私は、とりあえず安堵のため息を付く。

 しかしそのため息のあと、まずいことに気がついた。


 ――しまった、今の私めっちゃすっぴんじゃん。


 ただでさえイケていない顔なのに化粧までしていないとなるともう防御力はゼロだ。

 こんな姿を白槻くんに見られてしまうくらいなら、やっぱり居留守を使って黙っておくべきだったか。


「……ん? 果穂さん、どうかしたんすか?」

「えっ? ううん? な、なんでもないよ?」

「そういえば今日はオフなんすね。まあ、この雨だから仕方がないっすけど」

「そそそ、そうだね。こういう日は家でのんびりするに限るよ……ははは……」


 私はあまりすっぴんの顔を見られたくないので、ちょっと不自然に視線をそらしながら会話してしまった。

 そっけなく思われていたらと思うととても申し訳ない。


「すみませんなんか、めっちゃのんびりしてるところに来ちゃって」

「い、いいよいいよ、とりあえずスイートポテト気に入ってくれたみたいで良かったから」

「……果穂さん? やっぱりなんか変っすね?」

 

 白槻くんが不思議そうに私に顔を近づけてくる。

 やっぱりすっぴんは変に見えてしまったか……。最悪だ。


「ご、ごめん……、あんまり顔……見ないで……」


 限界を迎えて私は両手で顔を隠すと、白槻くんはようやく察したらしい。


「あっ……すみません、俺、めっちゃデリカシーないことしてました……。オフに家の中でのんびりしてたら、そうっすよね」

「い、いいのいいの、何もしてなかった私も悪いから……」

「でも果穂さん、めっちゃ肌白いっすね。ノーメイクでそんなに綺麗なの、超手入れしてるってことっすよね?」

「へぁっ? あっ、いや、別にそんな特別なことは……白いって言ってもただ家にこもっているからであって……」


 予想しなかった言葉が返ってきたので、私は声が裏返ってしまった。

 すっぴんを見られていること以上に恥ずかしい。

 そして、なんかフォローされるかのように褒められているのもちょっとムズムズする。


「うちの劇団の人も白さ維持するの大変だって言ってたんで、果穂さんのそれは自信を持っていいと思うっすよ」

「そ、そうかな……」

「そうっすよ、だって俺、あまり綺麗なもんだからすっぴんだって気づかなかったんすよ?」


 白槻くんがニッコリ笑う。

 その笑顔を見て、ちょっとだけ救われた気持ちになる。

 お世辞だったとしても嬉しいと思ってしまうあたり、私は結構ちょろいのかもしれない。


「……あっ、やばい、そろそろ配達行きますね」

「こんな雨なのに?」

「むしろ雨の日が書き入れ時っす。みんな家から出たくなくなるんで」

「ああ……確かに」

「そういうわけでスイートポテト美味しかったっすよ。また差し入れいただけたら嬉しいっす。じゃあまた」


 白槻くんは踵を返して配達へ向かおうとする。

 このまま送り出せばいいものを、私はよくわからない気持ちに押されて彼を呼び止めてしまう。


「……あの」

「どうしたんすか?」

「……配達終わったら、晩ごはん食べに来ない?」


 まるで晴れ間が見えたかのように、白槻くんの表情がちょっと明るくなった。

 返事をするまでもない。散歩に出かける直前の飼い犬のように彼は嬉しそうだ。

 その表情のおかげなのか、私も少し気分が明るくなった気がした。

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