第10話 材料が見つからない!どうしよう!
『御前崎カレー』
翌日の仕事帰り、電車の中。
とりあえず私はスマホでそのワードを検索エンジンに打ち込む。
出てくるのは美味しそうなカレーの画像。
不思議なことに、見ただけで香りが漂ってきそうになる。
私はカレーをたまにしか作らない。なぜなら、一度作ってしまうとそのあとの献立ラインナップが暫くの間カレー関連になってしまうから。一人暮らしでカレーを作ることちょっとだけ覚悟がいる。
でも具材の種類や量はある程度どんぶり勘定で大丈夫だし、一品作ると付け合せや副菜にはあまり力を入れなくても済むので、作る手間はそんなにかからない。
白槻くんが食べてくれるとなれば消費も早まるだろうから、毎日カレーという生活は避けられるだろう。ありがたい。
レシピが載っているサイトを見つけてアクセスしてみる。
そこにはこう記載がある。
「御前崎カレーは肉の代わりに『カツオのなまり節』を使用し、ルーにはカツオダシを加えて風味豊かに仕上げている」
……なまり節ってなんだよ。
私は立て続けに検索エンジンで「なまり節」を調べる。
どうやらなまり節とは、生のカツオを捌いた後、蒸したり茹でたりして、一度だけ燻製した加工品のことらしい。
カツオの旨味が凝縮していて、燻製の風味と相まってとても美味なのだとか。
味を想像して私はよだれが垂れるのをぐっと堪える。
凄く美味しそうな食材……だけれども、そんなものが近所のスーパーに売っているのだろうか?
私は一抹の不安を感じながら、最寄り駅で電車を降りてスーパーへと向かう。
鮮魚コーナー近辺の加工食品がある棚に陳列されているかもしれないと、僅かな期待を胸になまり節を探すがやっぱり見当たらなかった。店員さんに聞いてみたけれど、やはり取り扱っていないらしい。
カツオのサクとか刺身なんかは売っている。ただそれではダメだ。
なまり節は燻製の香りがある食材。普通のカツオの身ではちょっと足りないのだ。
かといってカツオの刺身を買って、それを家で燻製にするのは時間も機材も足りない。
……うーん、どうしたものか。
とりあえずカツオがなければ始まらないので、私はカツオのサクをひとつ買い物かごに入れた。
どうにかしてこれに燻製の風味をつけられないか悩みながら、私はスーパーの中を練り歩く。
もう諦めてふつうにカツオの刺身を提供してしまおうかと、しょうがやにんにくなどが並んでいる調味料コーナへ差し掛かる。
するとそこで私はとあるものを目にした。
「……これだ、これならっ!」
思わずガッツポーズをしてしまった私。
白槻くんに見られていたら恥ずかしい。
でも嬉しくて仕方がなかったのだ。なぜならそこにあった調味料は、なまり節のないこの状況を打破してくれるであろう「奇跡の調味料」だったから。
自宅に戻り部屋着に着替える。
すると、白槻くんからLINEが入ってきた。
『すみません、ちょっと今日は配達件数が多いので遅れそうです』
『大丈夫大丈夫。こっちも仕込みにちょっと時間かかりそうだからちょうどいいよ』
彼から「お願いします」というペコリと頭を下げた柴犬のスタンプが送られてきた。
不意に犬耳の白槻くんがお腹をすかせて尻尾を振っている様子が思い浮かび、一瞬私はニヤついてしまう。犬系男子とはこういうことなのだろうか、……いや、多分違う。
気を取り直して私はキッチンに向かう。
まずは「カツオのなまり節もどき」を作らなければならない。
買ってきたカツオのサクを、一口大のゴロゴロしたサイズに切る。
その一方で、雪平鍋に酒とみりんを入れて煮切る。
湧き立ちそうなところで、先ほど見つけた「奇跡の調味料」を注いだ。
「おおー、燻製醤油って、意外と香りが強いんだねー」
買ってきたのは燻製醤油。この醤油を使ってカツオの漬けを作れば、なまり節のような燻製感を出せると考えたのだ。
そして今作っているのはカツオの漬けダレ。醤油を先に入れなかったのは、燻製の香りがとぶのを避けるためだ。
出来上がったタレを冷ましてから、ジッパー付き袋にカツオの身と一緒に入れる。
本当はしっかり漬けたいところだけど、今日のところは三十分がいいところか。
漬けている間にお米を炊き、カレーに入れる野菜類を切っておく。
ここで登場するのがトマト。カレーに酸味と旨味を与えてくれることに加えて、カツオとの相性もいい。
前にイタリアンでカツオのカルパッチョが出てきたとき、トマトとの相性の良さに驚いた記憶がある。カレーにしたらもう間違いない。
漬け終えたカツオを取り出してキッチンペーパーで表面の水分を拭き、小麦粉をまぶす。
バターを溶かしたフライパンにカツオとカットしたトマト、玉ねぎを加えて炒める。
全体に火が通ってきたらカツオダシを足して煮立たせる。沸騰したら一旦火を止めてカレールーを入れ、今度は弱火でじっくり煮込む。
完成寸前に燻製醤油を隠し味としてカレーに大さじ一杯程度入れると、煙の香りが立って鼻腔をくすぐってくる。
炊きあがったごはんとともにカレー皿によそい、鰹節を少々振りかけると、「なんちゃって御前崎カレー」の完成だ。
ちょうど完成したところで、部屋のインターホンが鳴った。
とうやら素晴らしいタイミングで白槻くんがやってきたみたいだ。
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