第8話 潤之介くん視点その1 果穂さんを助けなきゃ!
◆(※冒頭に◆がつくときは潤之介くん視点です)
金はなく、毎日ウーバー配達と芝居の稽古をひたすら続けている駆け出しの役者。
雨の日も風の日も、雪が降ろうが夏の暑さが厳しかろうが俺は毎日自転車で走り続けている。
そうしないと、生活が成り立たないのでしょうがない。
そんな生活を続けていたら、倒れた。
暑い夏の日、朝から飲まず食わずで自転車を漕ぎまくっていたら誰だってそうなる。
死んだと思った。
完全な自業自得で、こうなる運命だったのかなと思うくらいだった。
そんなクソダサい俺を助けてくれた人がいた。
熱中症で倒れたところに即席で経口保水液を作ってくれたり、お腹がすいていることを見抜いてお昼ごはんをごちそうしてくれたりと、まるで女神様のようだった。
この人、俺といくつ歳が離れているんだろう?
パッと見た感じは三十歳まではいっていないように見える。
派手な感じはしないし、落ち着いているけど気さくで、昔面倒を見てくれた施設の姉ちゃんみたいだった。
ちなみに俺は小さいときに両親を亡くしていて、青春の大半は施設暮らしだった。
……まあ、それがどうしたって話なんだけど。
果穂さんのおかげで命拾いした。でも文字通り命の恩人なのに彼女は「自分はこんなことしかできないから」といい、お礼なんていらないとまで言ってくる。
そんな馬鹿なことがあるかよ。こういう人こそきちんと報われないといけない。
施設育ちで人の恩をたくさん感じてきた俺だからこそそう思う。
だから俺はちょっと時間がかかってでも、きちんと果穂さんにもらったもの以上の恩を返そうと心に決めた。
その日からまた倒れることのないように、簡単でいいから朝メシは食べるようにして、水分と塩分はマメに補給するようにした。
今度またぶっ倒れて果穂さんにお礼ができないとなってしまったら、さすがにカッコ悪すぎるから。
そして配達の仕事が早く終わると、ちょっと果穂さんの家の近くを通って帰るようにした。
これはまあ……下心とかそういうの……ではなく、ただ単純にまた会ってちょっとだけ話しをしたいなと思っただけだ。
わざと会いに行くのはなんだか白々しいから。近くを通って偶然出くわしたということにして、……ちょっとだけ会話ができたら嬉しいかな……というか。
存在を忘れられてしまうことも全然あり得るだろうし、俺自身の恩返しのモチーベーション維持、ということにしている。
それになんだか果穂さんは落ち着いている割に危なっかしい。
普通に考えて一人暮らしの女性が成人男性(熱中症で倒れていたが)を部屋に招き入れるか……?
まさか自分以外にもこんなにお人好しなことをしているのではないかと少し不安になる。
最近物騒なこともまあまああるから、果穂さんになにかあったら嫌だなと。
……うーん、我ながら俺、ストーカー気質なのか?
やりすぎないようほどほどにしておかないと。
そんなことを考えながら毎日配達の仕事と演劇の稽古を続けていた。
すると九月に入ったある日、異変が起こる。
その日も配達を終えて、果穂さんに会えたらいいなと思いながら彼女の家近辺を自転車で駆けていた。
まあ今日も彼女に出くわすことなどなく、徒労に終わるのだろうなと高をくくっていると、何やら聞き覚えのある女性の声がする。
ちょっと怒鳴りかけているような大きい声。まさかと思って耳を澄ませると、その声は果穂さんの住むマンションの方から聞こえてくる。
これは果穂さんのピンチかもしれない。たとえ果穂さんではなかったとしても、誰かが困っているのは明白。
俺はすぐに自転車から降りて、果穂さんの住むマンションの階段を駆け上がる。
「――もうしつこい! 私は早く晩ごはんを作るの! 早く帰って!」
現場はやっぱり果穂さんの部屋の前だった。
しつこく会話をしようとする来訪者の男に対して、ドアを閉めようと躍起になる果穂さん。
……彼女の危なっかしさは、予想通りまたトラブルを引き起こしていた。
「あの、何してるんすか? 果穂さんが迷惑してるの、わからないんすか?」
考えるより先にそんな言葉が出ていた。
来訪者の男は俺を睨みつける。
背丈は俺と同じかちょい低い……百七十センチ後半ってところか。
小綺麗なスーツを着ていて、髪型もビシッと決まっている。やり手の営業マンという印象。持っているカバンとか身につけている時計とか、ブランドはよく知らないけれど値段の高そうなものに見える。いや、多分高い。
こいつが果穂さんのどういう関係なのかは知らないけれども、とにかく迷惑行為をしているのは間違いない。
俺は毅然とした態度でその男に立ち向かう。
すると、興ざめしたかのようにそいつはあっさり手を引いて去っていった。
まあ、果穂さんになにもなかったようなので、一安心だ。
「……果穂さん、大丈夫っすか?」
「えっ? あっ、だ、大丈夫だよ。助けてくれてありがとね、めっちゃしつこくて困ってたからどうなるかと思っちゃって。あはは……」
「あの人、一体誰だったんすか? あんなに迫ってくるとか、なんか訳アリっぽく見えたんすけど」
「あー……、えっとね……とりあえず、こんなところで立ち話もなんだからさ、ウチ入る? これから晩ごはんにしようかと思うんだけど、助けてもらったお礼にどう?」
また果穂さんが作るごはんが食べられる。と思って一瞬俺は舞い上がった。
……いやいや待て待て、いくらなんでもガードが緩すぎやしないか果穂さん。
「このままだとまたあいつが戻って来るかもしれないから、むしろしばらくいてくれたほうが助かるというか……。あっ、でも白槻くん、配達途中だったりする?」
実は配達なんてもう終わっていて、貴女に会えるかと思って近所を自転車で走ってました……とは言えるわけもなく。
ガードの緩い彼女をこのまま放っておけるわけもなく、俺は白々しい嘘をついてしまう。
「いえ、さっきこのマンションの上の階の人に配達し終えたんで、もう今日は終わりっす」
「ならちょうどいいね。……ちょっと部屋着に着替えるから、そこで待っててもらえるかな?」
と、果穂さんは部屋に入って着替え始めた。
俺はその間外で待っていた。
……待てよ? 今の俺、自転車漕ぎまくって汗をかいたあとじゃないか。
涼しくなってきたおかげで汗が乾いてはいるものの、さすがにニオうのでは……?
一旦帰るわけにもいかず、やばいやばいと思っているうちに俺は果穂さんの部屋の中に通されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます