第7話 俺、お金はないけど自転車と体力はあります!

「だから、白槻くんがうちに来てごはんを食べるようになれば、雅也を遠ざけられるかなって」

「それは……僕に元彼避けの用心棒みたいなことをしてくれってことですよね?」

「んー、まあ言葉は良くないかもしれないけど、そんな感じ。もちろん、ごはんは腕によりをかけて美味しいものを作るから安心して」


 私は自分でも不思議なくらい自信たっぷりだった。

 ちょっとお酒が回っているのもあるし、私の中で唯一料理だけが胸を張れる特技だからというのもある。 

 むしろそれ以外は役に立てそうもないので、白槻くんに用心棒を依頼するならば、見返りはこれしかないのだ。


 白槻くんは困惑していた。

 無理もない。いきなりこんなことを言われたら困るに決まっている。


「……やっぱり不満? そうだよね、白槻くんはめちゃくちゃ頑張ってるのに、そのお返しがごはんを作るだけって、微妙だよね」

「い、いえ、そういうわけではなくて……。果穂さんのごはんが毎日食べられるならそれはもうめちゃくちゃありがたいことですから」

「そう? ならよかったー。私料理するくらいしか取り柄がないからさ、こんなんでよければ毎日やるよ」


 酔いが回ると私は表情筋が緩んでニヤニヤ笑うらしい。

 笑い上戸というやつだ。

 ……いや、お酒には強くないから、笑い下戸のほうが正しいのか?


 ただ、白槻くんは私のそんな笑った顔を見て、どこか寂しそうな表情を浮かべて黙り込んでしまった。

 

「……」

「……どうしたの? やっぱり無理?」

「い、いえ、全然そんなことないっす。やります、やらせてください」

「そっかー、めちゃくちゃ助かる」

「でも一つお願いがあるんすけど、いいすか?」

「んー? なあに?」

「そんな感じで『自分には取り柄がない』とか、あんまり言わないでほしいなって……」

  

 私はやってしまったと反省する。

 自分を卑下することに慣れきっていて、ついつい口に出してしまっていた。

 ネタならともかく、あんまり自分を下げる発言は相手にとって気持ちよくない。白槻くんが困惑気味なのも、どう返したらいいのかわからないからだろう。


 年下男子を困らせるのはほどほどにしないと。


「……わかったよ。言わないように気をつける。白槻くんも気を使っちゃうもんね、ごめんごめん」

「ま、まあ……それならいいんすけど……」

「じゃあ早速だけど、明日からよろしく頼むよ。今日みたいな時間に来てくれれば大体家にいるからさ」


 幸いなことに、私の仕事はあまり残業がない。

 それゆえ給料もそれほど高くないのだけれども、浪費する趣味もなくほどほどにワークライフバランスが取れているのでその点は満足している。

 

「わかったっす。……あーでも俺、配達の終わる時間がまちまちなんで、やっぱり連絡入れられたほうがいいっすよね」

「そうだね。ごはんも出来立てアツアツのほうが美味しいしね」

「じゃあ果穂さんの連絡先教えて下さい。電話でもLINEでもなんでもいいっすから」

「はいはい」


 私はスマホを取り出してLINEのQRコードを白槻くんへ差し出した。

 彼はそれをカメラで読み取り、すぐさま友達に追加。

 

 彼のアイコンは、海で撮った写真だった。

 展望台みたいなところに一人で立っている。横には自転車があった。


「自転車乗るの好きなの?」

「ええ、まあ。金がないんで移動手段はもっぱらこれなんすよね。運動にもなるんで、身体作るのにも一役買ってる感じで」

「ふーん。ちゃんと考えてるんだね」

「このアイコンは静岡の御前崎おまえざきに行ったときのやつっす」

「御前崎って……めちゃくちゃ遠くない!?」

「はい、すっげー遠かったっす。半日以上かかったかなあ……」

「半日……」

「だから着いたときの達成感ヤバくて、そのへんにいた観光客のおっちゃんに撮ってもらったんすよ。普段はあんまり積極的に声かけたりしないんすけど――」


 御前崎ツーリングのエピソードを嬉しそうに話す白槻くん。

 そのはしゃぎっぷりはまるで子どもみたいで、聞いているだけだったのになぜか私も楽しくなっていた。

 私は話すのが下手だから聞いているほうが楽というのもあるけど。


「――んで、その時食ったカレーが美味かったんすよね」

「カレー? 御前崎って港町だから、海鮮のイメージなんだけど」

「俺も意気込んで海鮮を食うつもりだったんすけど、カレーの香りに勝てなくて……」

「まあ、疲れたときはスパイスの香りに誘われちゃうよね」

「それでカレーを食べたんすけど、なんかカツオが入ってて」

「カツオ……?」

「はい。『御前崎カレー』って言うらしくて、最近激推ししてるらしいっす」

「へえー、カツオの入ったカレーかあ」


 頭の中で御前崎カレーを想像してみる。

 カツオが入るということは、ダシが効いているような感じだろうか。

 蕎麦屋さんにあるカレー南蛮そばなんかは、カレーとそばつゆのダシが合わさって旨味が増大する。

 それと同じことが起きているのであれば、間違いなく美味しいだろう。


「じゃあそれ、作ってみよっか」

「御前崎カレーっすか?」

「うん。見様見真似だけど」

「それ、めっちゃ食べたいっす! 是非お願いします!」


 白槻くんは目の色を変えて食いついてきた。

 作ってほしいと言われると、私の中の料理人魂みたいなものが燃え上がる。


 よーし、明日はその御前崎カレーにチャレンジしてみよう。



※次回、潤之介くん視点をやります

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