第6話 食レポ上手な彼の食べっぷりは、見ていて気持ちがいい

「どうぞ召し上がれ」

「……すごいっすね、お店みたい」

「そんなお世辞とかいいっていいって。冷めないうちに食べちゃおう」


 リビングに料理を運んで、私と白槻くんはいただきますと手を合わせる。

 先ほど買った糖質オフのビールを手に取り、プルタブを起こすと少し泡が吹き出て来たので慌てて口をつけた。

 

 ちょっとおばさんくさいかなと思い白槻くんの方を向く。

 なぜか彼はばっちり私の方を見ていた。ちょっと恥ずかしい。


「……飲む? まだ二、三本は冷蔵庫にあるけど」

「い、いえ、自分自転車なんで」

「あっ、そうか、配達帰りだったもんね。飲酒運転はダメだよね」

「それにこのあと芝居の稽古もあるんで、飲んだらまずいっすね」

「ええー!? これから稽古もするの? 大変だね」

「……まあうちの劇団、こんな感じでフリーターみたいなのばっかりなんで、夜のほうが都合が合いやすいんですよ。夜なら稽古場もちょっと安く借りられるんで」

「そうなんだね、みんな頑張ってるんだなぁ」


 私は改めて缶ビールに口をつける。

 一口グイッと飲んだときののどごしがたまらない。

 そして揚げたてのイワシの竜田揚げをかじる。

 カリッとした衣とふっくらした身のハーモニーが素晴らしい。しょうがの香りがふわっと来て、油っこさも全く感じない。上出来だ。


「――めちゃくちゃ美味いっす! ごはん止まらないっすよこれ」

「ほんと? そう言ってもらえると嬉しいよ」

「こっちのナスも美味しいっすね。お味噌汁も舞茸の香りが立ってて最高っす」

「食レポ上手だねえ、そういう仕事も受けたらいいんじゃない?」

「そもそもこんな売れてない役者にはオファーがないっす」

「まあ白槻くんはそのうち売れるでしょー。なんか私のカンなんだけど、そう遠くないうちにブレイクする気がする」


 ちょっと酔いが回り始めて饒舌になっている。

 もともとお酒は少ししか飲めないので、このくらいの気分がずっと続いてくれると楽しい。でも、ちょうどいい塩梅で飲みすすめるのは結構難しい。


 こんなふうに他人に褒め言葉を言うのも結構久しぶりだ。

 とはいえ白槻くんはイケメンの役者なので、こんなことを言われるのは慣れっこだろう。こんなどこにでもいる年上の女の言葉など、軽く受け流してくれればそれでいい。


 しかしながら白槻くんは、思いのほか初々しいリアクションをとった。

 

「あ、ありがとうございます……そう言ってもらえることはあんまりないので、嬉しいんすけど……なんというか、恥ずかしいというか……」

「嘘だぁ、言われまくってるでしょ? 期待のホープだって」

「いやいや、そんなことないっすよ。まだまだなんで頑張らないと」


 彼はとても謙虚なんだろうなあ、と私は率直にそう感じた。

 謙遜する姿すら嫌味っぽく感じないのはもはや才能だと思う。それは狙ってできることではない。

 白槻くんは多分、無自覚ながら人気を得ていく、人たらしみたいな俳優さんになるに違いない。


 彼が早くブレイクしてテレビや映画で観られる日々がとても楽しみだ。


「あの、そういえば果穂さん」

「んー? どうしたの?」

「さっき玄関で口論してた人って……」

「あー、あれね。……いわゆる、元彼ってやつ」


 あまりこの話題にしたくなかったのだけれども、助けてもらった以上は白槻くんに適当な説明をするわけにはいかない。

 正直に雅也が元彼であることを打ち明けよう。白槻くんもアラサー女のしょうもない恋愛エピソードなんて聞きたくないだろうから、軽く話して笑い飛ばすくらいでいい。


「なんかねー、期間限定で復縁したいからって私の家の場所を突き止めてやって来たみたいなんだよね。それで話があるからうちに入れてくれって」

「えっ……それってもう立派なストーカーじゃ……」

「まあそうかもね。でもあいつ、前からそういうしつこいところがあったから、いつも通りといえばいつも通りだったよ」

「あの人……また来るって言ってましたよね」

「そうだねぇ、一回や二回で撤退するような性格じゃないと思う。仕事も粘り強く取り組んで結構成績良いって言ってたし、根がそうなんだろうなぁ」


 正直なところ、雅也の来訪にはうんざりしている。これからまたやって来る可能性があるかと思うとなおさら気が重い。

 

 でもそんなことを白槻くんに言っても仕方がない。彼は彼なりに全力で俳優業に打ち込んでいるのだから、こんな年上女の悩みなんて聞き流してくれればそれでいい。


「まあ、次来たら今度は警察呼ぶよ。だから大丈夫大丈夫」

「だ、大丈夫じゃないっすよ。そういうの、油断したら絶対にヤバいっすから」

「心配してくれてありがとう。まあ私のことは気にしなくてもいいからさ、どんどん食べて食べて」

「気にしますよ。だってそれ、めちゃくちゃ危険じゃないっすか。『復縁したい』っていうのは口実で、本当は家の中に入り込んで果穂さんに乱暴したいだけとか、あり得るんすから……」


 やけに生々しい具体例を挙げる白槻くんを見て、私はちょっと冷静になる。

 さっきの玄関でのやり取りでもそうだ。雅也はなんとしてでも部屋に入りたがっていた。ドアに足を挟めてまでそんなことをしてくるのだから、単純に復縁を迫るという理由だけではないかもしれない。


 白槻くんの言うとおり、ただ私の身体だけを目当てにやって来ている可能性もなくはないのだ。欲求不満で元カノのもとを訪れるなんて話はよく聞く。

 雅也にとって私相手ならばなんとでも言い訳ができる。ましてや、部屋に入られてしまえばそれこそ彼の思う壺。


 一瞬背筋がゾッとした。

 そこまで思考が回っていなくて、私は浅はかだった。

 今日、もしも白槻くんと出くわさなかったらというIfストーリーは、考えたくない。

 

 やっぱり警察に相談すべきかと思ったところで、私に妙案が浮かんできた。


「……じゃあさ、白槻くんがうちに毎晩ごはんを食べに来ればいいんじゃない?」

「……ん?」


 白槻くんは私の言っていることが飲み込めていないようで、首を傾げて頭上に疑問符を浮かべる。


 ……あれ? 私なんか変なこと言っちゃった?

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