第5話 元彼撃退! それと渾身の竜田揚げ!

「あ? 何だお前?」

「通りがかりの果穂さんの知り合いっす。彼女、嫌がってるじゃないっすか。やめたらどうすか?」


 偶然現れた白槻くんは、私の部屋の前で粘る雅也に対して忠告をする。

 あまりのしつこさに諦めかけていた私だったけれども、白槻くんの登場で一気に救われた気分になる。


「お前には関係ねえよ。これは俺とこいつの問題なんだ。部外者が口出すな」

「部外者だとしても、見るからに果穂さんが迷惑してるじゃないですか。これ以上やるなら、警察呼びますよ」


 白槻くんが冷静にそう言う。さすが俳優さんの卵というだけあって声の通りが良い。

「警察を呼ぶ」というそのワードが雅也には効いたようで、急に彼からの押しが弱くなった。


「……ちっ、これだから邪魔が入ると面倒なんだ。誰だか知らねえが、フードデリバリーの配達員ごときが正義気取ってんじゃねえぞ。今度会ったときは覚えてやがれ」


 雅也は捨て台詞を吐いてその場から立ち去った。

 白槻くんはその刹那、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声でなにか独り言を呟いていた。

 何を言っていたのだろう? まあ、気にしてもしょうがないか。


 それにしても雅也の態度には困ったものだ。私だけならまだしも白槻くんにも悪態をつくのは気分が良くない。「今度あったときは覚えてろ」なんて、良い歳した大人が若い子に向けて言うことだろうか。

 まるでストーカーのように私の住所を調べて迫ってくるとか恐ろしい。もう一度引っ越しをしなければいけないかもしれないと思うと、なんだか気分が重くなってしまい大きなため息をついてしまった。


「……果穂さん、大丈夫っすか?」

「えっ? あっ、だ、大丈夫だよ。助けてくれてありがとね、めっちゃしつこくて困ってたからどうなるかと思っちゃって。あはは……」

「あの人、一体誰だったんすか? あんなに迫ってくるとか、なんか訳アリっぽく見えたんすけど」

「あー……、えっとね……」


 説明するとちょっと長くなりそうな気がしたので、私はその場で答えるか迷ってしまった。

 話の内容もさることながら、食材を買い出した帰りなので早く冷蔵庫に買ったものを入れたい気持ちもある。


「とりあえず、こんなところで立ち話もなんだからさ、ウチ入る? これから晩ごはんにしようかと思うんだけど、助けてもらったお礼にどう?」

「い、いいんすか?」

「うん、このままだとまたあいつが戻って来るかもしれないから、むしろしばらくいてくれたほうが助かるというか……。あっ、でも白槻くん、配達途中だったりする?」

「いえ、さっきこのマンションの上の階の人に配達し終えたんで、もう今日は終わりっす」

「ならちょうどいいね。……ちょっと部屋着に着替えるから、そこで待っててもらえるかな?」

「はいっす」


 私は部屋着に着替えたあと、玄関先で待っている白槻くんを招き入れた。

 ややぎこちなく彼が部屋に足を踏み入れる。とりあえずリビングに座らせて待ってもらおう。

 無音だと寂しいので、気晴らしにテレビでもつけておけば大丈夫か。


「すみません、またごはん作って貰っちゃうなんて」

「いいのいいの、今回は超助かったし。白槻くんがいなかったら本当に面倒なことになってたと思うから感謝しかないよ」

「それならいいんすけど……」

「まあまあ、とにかく座って待っててよ。今日も腕によりをかけて作るから」


 私がそう言うと、ちょっと遠慮がちに白槻くんはリビングにある座椅子に腰掛けた。 

 年上の女の家だもんね、気を使うよね……。


 気を取り直して私はキッチンに向かう。

 今日のメインは先程スーパーで厳選した旬のイワシだ。

 これを今から竜田揚げにしていこうと思う。


 イワシを三枚におろし、骨を取りのぞく。スーパーでは頭と内臓が取られた状態で売っていたので、捌くのがとても楽。

 これを醤油、酒、おろししょうがの入ったポリ袋に入れて、十分くらい漬け込む。


 その間に冷凍していたごはんを電子レンジで解答しつつ、お味噌汁作りのほうにとりかかる。

 待っている時間をできるだけ少なくして有効に活用する。長い自炊経験のおかげで、このへんの時間配分は慣れたものだ。


 お味噌汁にはこれまたスーパーで安く売っていた舞茸を入れよう。

 きのこは九月に旬を迎えるらしいけれども、今どきは大体のきのこが人工栽培なので秋だから特別に美味い……とはならないらしい。

 旬を気にせず年中きのこが食べられるようになっているって、やっぱり科学の力ってすごい。

 

 小鍋にだしの素と水を入れ、具材と一緒にひと煮立ちさせる。

 沸いてきたら火を止めてお味噌を溶かす。火を止めてから入れたほうが、お味噌の香りが引き立つらしい。

 お味噌を溶かしたあとはなるべく沸騰させないようにすると美味しく食べられる。。


 漬け終わったイワシは水分をとり、衣となる片栗粉をまぶす。

 百八十度の油でカラッと揚げれば、竜田揚げのいい香りが部屋に漂う。

 

 お皿に盛り付けて常備菜のナスの焼き浸しを添えれば、秋の味覚イワシ竜田揚げ定食の完成。

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