第4話 しつこい元彼登場!ピンチに現れたのは……?

 熱中症で倒れていた俳優兼フードデリバリー配達員の白槻潤之介くんを助けるという、そんな出来事から数週間。

 私はすっかりそんなことなど忘れていつも通りの生活を送っていた。


 今日も今日とて仕事をこなし、近くのスーパーで買い物をしていた。

 九月に入り、夏もそろそろ終わりという時期だけれどもまだまだ暑い。

 こういうときはやっぱり、ビールが飲みたかったりする。

 女子力低いとか言われそうだけれども、美味しいビールの味を知ってしまうとその誘惑に人は逆らえない。


 必然的に私の頭の中で組み立てられている献立は、ビールに合いそうなものにチューンナップされていく。

 やっぱりビールには、揚げ物が合うか……。

 

 ふと鮮魚コーナーに立ち寄ると、そこにはこの時季に旬を迎えるとある魚が大量に入荷されていた。


「なるほど……イワシかあ……」


 冷蔵の陳列棚にはイワシのパックが並んでいる。旬ということで身は大きく、張りもある。

 おまけに値段は安い。このところサンマなんかはめっきり値段が高くなってしまい手を出しにくくなったけれども、イワシはその影響を受けていない。それに、いくつかレシピも思い浮かぶ。

 ビールに合わせるのであれば、アレを作ろうか。

 

 私は陳列されているイワシとにらめっこをする。魚の目利きが上手な訳では無いが、できるだけ新鮮そうなものを選び取って買い物カゴに入れた。

 糖質オフのビールも購入してしまえば、今夜の晩酌は既に優勝が約束されたようなもの。


 会計を済ませた私は意気揚々と自宅に向かう。

 すると自宅の玄関前に、どこかで見たことのある人影があった。


「……なんだよ、随分のんびり帰ってくるじゃないか。待ちくたびれたぞ」

「ま……雅也まさや……? どうしてここに?」


 そこにいたのはスーツを来た会社帰りのような風貌の男。

 名前は赤崎あかさき雅也まさや、私はこの人のことをよく知っている。

 なぜなら彼は、私の元彼であるから。


「場所は知り合いに教えてもらった。……こんな都心から離れたところに引っ越してたとはな」

「それってプライバシーの侵害じゃないの? というか、何の用?」

「まあ簡単な話だよ。期間限定でヨリを戻さないかって」

「ヨリを戻す……? 期間限定って何……?」


 雅也はいつもこんな感じで上から目線な喋り方をする。

 付き合っていた当時はあまり気にせず過ごしていた。彼はいい大学を出ていてエリートコースだし、私に比べたら遥かに優秀だったので、自然と自分のほうが立場が下であることに違和感を持たなくなっていた。


 けれども別れてから冷静に振り返ると、やっぱり私に対する彼の態度というのはモラハラという感じがする。

 そうでもなければ「メシ作る以外は全然ダメなんだな」なんてセリフ、平気で出てくるはずがないから。


「まあ話を聞いてくれ。こんなところで立ち話するのも何だし、部屋に入ってゆっくりさ」

「嫌よ。なんであんたを部屋に入れなきゃいけないの? てかそもそも私、そんな話を聞き入れる気は無いんだけど」

「おいおいキツいこと言うなよ、別にどうこうしようって気なんかねえから。ただ話をするだけだってーの」

「その話をするのが嫌だって言ってるの。いいから帰って」


 私は問答無用で雅也を拒絶する。

 でも雅也は雅也でどうしても押し通したいのか、執拗に話をしようと迫ってくる。

 私は無視して部屋に入ろうとするが、雅也はドアに足を挟んできて食い下がる。


「頼むから中に入れてくれよ、お前にだって悪い話じゃないんだからさ」

「あんたとヨリを戻すことが悪い話じゃないわけ無いでしょ。もういい加減にしてよ」

「ヨリを戻したらいいことがあるんだって。絶対お前が得する話なんだよ」

「もうしつこい! 私は早く晩ごはんを作るの! 早く帰って!」

「その晩ごはんだって一緒に食べたほうが美味いだろ? だから中に入って話をだな」


 雅也の一言に私は強烈な苛立ちを覚えた。

「一緒に食べるほうが美味い」なんて言葉、絶対にこいつからは聞きたくなかった。

 なぜなら付き合っていたとき、彼から「美味しい」とか「うまい」という言葉を貰ったことがないから。


 この間白槻くんに昼ごはんを作ってあげたときに彼から「美味しいです」と言われたことが、とてつもなく嬉しく感じた。

 それがお世辞だったとしてもいい。言葉をくれないよりは、全然いい。

 ちゃんと私を見てくれているという、その実感があったから。


 雅也はおそらくそんなことなど全く思っていない。

 自分の都合だけでここに来て、自分の都合だけで話を進めようとする。

 私が得する話だなんて言うけれど、本当かどうか怪しいくらいだ。


 そういうわけで雅也には早く立ち去ってほしいのだけれども、いかんせんこの男はしつこいのだ。

 ドアに挟んでいる足が全く動かない。これをどうにかしないと、一生このやり取りを続けなければいけない。

 根負けしてしまったら、また雅也の思うがままだ。


 しかし、しつこいくらいの雅也のアプローチにだんだん私は疲れてきてしまった。

 ご近所さんにも迷惑がかかるかもしれないし、このままこいつを家に入れたほうが平和に収まるかもしれない。疲れてくると、思ってもいなかったそんな考えが頭をよぎるようになる。


「――あの、何してるんすか? 果穂さんが迷惑してるの、わからないんすか?」


 ふと諦めかけたその時、これまた聞き覚えのある声が私と雅也の間に割り込むように入ってきた。

 上背のあるそのシルエット、自転車用のヘルメットと料理を運ぶための大きなリュック。


 私の目の前に現れたのは、あのとき助けてあげた白槻潤之介くんだった。

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