第1話 時間を止めた少年
――――1992年。7月3日。沖縄本島
その男は総合病院のICU(集中治療室)で危篤状態に陥り、二十一年という若さで人生に終止符を打とうとしていた。
「本当に息子は助からないのですか……先生!」
坂本春子はシワだらけの手を小刻みに震えさせ、酸素マスクで覆われた息子、玲児の顔をそっと抱き寄せた。
「はい。残念ですが最悪な場合に備えて身内や親戚関係者を呼んだほうがよいでしょう」
医者は玲児の死を宣告すると、春子の肩にそっと手を当てた。
「う、嘘ですよね、先生。そんなの冗談ですよね!」
「申し訳ございませんが、彼が飲んだ薬の量は致死量を遥かに超えています。目覚めることはないかと」
「そんな馬鹿な、信じません。私は信じませんよ!」
「お母さま、気持ちは十分わかりますが事がことです。早く関係者をここへ」
「神様、お願いです。どうか玲児を、我が子を連れて行かないで」
そして数秒後、早苗はあまりのショックでその場でぱたりと倒れ、気を失った。
――早く点滴の用意を!
側にいた二人の男性看護師は医師の指示で春子をナースステーションの処置室へと運び、ベッドに寝かせた。そこへ玲児の姉、荒木直子が駆けつけて来きて、
「おかん、大丈夫!」
生まれたばかりの赤ん坊を抱っこしながら、呆然とした面持ちで膝を床へ就いた。
「玲児君のお姉様……でいらっしゃいますか?」
看護師の問いに、直子は少し間をおいてからゆっくりと「はい」と返答し、首を上下へ振った。
「お姉様、お母さんよりも弟さんの命が」
――玲児は、弟は?
「先生のお話しでは、弟さんはもう――助からないとの事で」
――そんな馬鹿な!
直子は看護師の誘導でICUへと足を運んだ。そこは惨い光景だった。玲児は鼻から管が通され、呼吸数、血圧、体温に加えて心電図などの波形情報をリアルタイムに測定する生体情報モニタ等、多くの先端医療機器が体の至る所に繋がれていた。
直子はそれを見るなり思わず口に手で口を覆うと思わず視線を横にそらした。しばらくして、ゆっくりとまた玲児の顔に目をやった。そしてこう思った。弟は間もなく<死ぬ>のだと。
「玲児!……」
直子の頬を涙が流れてゆく。どうして神様はこのような無残な道を弟に用意していたのだろうか。
生命の危機が迫る玲児。彼がこうなった理由。
――そう、全ての原点はあの時から――
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