十三万時間の記憶~愛し愛されるそのために~

岡本蒼

序章

 一九九八年。まだ携帯電話やインターネットが普及せず、人々にとって通信手段と言えば至る所に設置された公衆電話だった。



 この物語はある男が歩んだ波乱万丈のドラマである。 



 その病院は沖縄県s市の緑豊かな高台に建っていた。学風館病院・精神科。T型で二階建をしたそのビルは築四十年という歳月を経て風化し、多くの歴史を灰色の壁に今も刻み続けている。


 学風館病院は統合失調症と呼ばれる幻聴・妄想障害を持つ者、アルコール依存症で禁断症状(身体を震わせる症状)を持つ者、躁状態とうつ状態を繰り返す双極性障害者、更に重度の障害状態である意味不明の言動、発狂、酒乱等の悪性状態に陥る者など、精神的な病を持つ患者が県内各地から集っていた。



 病院の患者の中には見た目から≪恐ろしい形相≫をしている者も多く、初めてここを訪れる人々は彼らを見て恐怖感を覚えてしまう。


 精神科を持たない病院とは違い、ここ学風館病院には独特の規則・制約がる。それらには≪外出の制約・恋愛の禁止・金銭管理を病院側が行う制約≫等がある。特に≪異性との接触と自由≫はほとんどが強い制約で義務付けられており、入院患者はそれを嫌がおうにも了承し、厳守しなければならない。



 病棟によって受ける規則・制約の比重は少し異なり、開放病棟は<病院敷地内のみの自由外出>が認められ、閉鎖病棟は<完全な隔離>という強制的制約で成り立っている。


 学風館病院の開放病棟は<風鈴病棟>と<そよ風病棟>から構成され比較的病状の安定したものが入院生活を送っていた。


 しかしここには、暴れる者や状態が特に悪いと医師が判断した患者は即、三畳一間にトイレとベッドがセットの<保護室>もしくは閉鎖病棟<若葉隔離病棟>で隔離されるという仕組みが確立されていた。




――ある男は自殺を図った。



 そして突然、その日はやって来た。

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