第56話 ありがとう
「ロディ、ほぼ結婚おめでとう!」
「なんだそりゃ」
「これ暫定お祝い。新生活始まったら改めてお祝いするから」
久しぶりの外食かつ
そんな心配をよそに、おまたせとビアンカが白い猫と共に駆けてくる。綺麗なワンピースで走るなよ。しかも来るなりずいっと差し出してくる紙袋は、確か人気のお洒落な雑貨屋のものだ。こういうのは食前でも食後でもいいけど店の中とかで畏まって渡すものではないだろうか。
でも何だかビアンカらしいとロディネは笑った。
「はは、ありがとな」
「とうとう年貢の納め時」
「それだと俺が遊んでたみたいだろ」
「いたいけな訓練生の気持ちは弄んできたでしょ、ある意味」
「ひど」
大きな猫目をきゅっと細めて笑うビアンカが脇腹を突っつく。痛い。
「ネロは一途だって言ったじゃない」
「……おっしゃる通り、3年経って気持ちが変わらなかったしな。年も離れてるし本当にいいのかって、今でもやっぱり思うけど……俺が寝てる間に散々考えて、それでもどうしても俺がいいって言うからな……欠片も俺が持っちゃってるし、返却にも応じてくんなかったし」
「ふぅん? 欠片がなければ絆結ばないんだぁ?」
三日月のような目と口をしたビアンカが揶揄いの笑みを深める。
「感じ悪い」
「往生際が悪い」
「……だってしょうがないじゃん……可愛いんだもん……」
「もう可愛いって感じでもないと思うけど。惚気としとく」
いつまでも店前でうだうだ言ってても駄目だから、続きは中で。
惚気ではない……とは言い切れないので、やめろと言う声もポーズだけだ。
ネロの姿を頭に浮かべれば、ビアンカの言うとおり、ロディネが寝ている間にかなり背が伸びて……というかロディネより高くなった。可愛さを残しつつ、普通に男前になっていた。もったいない気はしないでもない。
旦那のコニィと娘のエレナは「幼馴染水入らずで行っておいで」と送り出してくれたそうだ。ネロも今日はエルンストやジーナ達同期の訓練生達と食事に行っている。店に入り、向かい合って座れば、コースを予約してくれてるという事なのであとは待つだけだ。
食前酒が出て来て口を湿らせるために一口呑むと喉を弾けながら通り抜けて、空いた腹でまた弾けて染みる。久しぶりの酒だからか早く酔いがまわりそうだ。控えめにしておこう。
そんなロディネとは対照的にこくこく食前酒を飲むビアンカが、そういえばとこちらを向く。
「ネロ、もうそろそろ18歳の誕生日じゃない。どうするの?」
「えっとな……」
聞かれるかなと予想していた質問がきたのでロディネが答えた上で説明すると、ビアンカは「……正気?」とドン引きした。
「そういうのって、何処にしようかどんなのにしようか、そういうのを話し合いながら決めてくのが醍醐味ってもんじゃないの?」
「……やっぱ駄目かな……」
「今からではもう、どうにもならないのでは。まあネロは怒らないと思うよ? 絶対引くと思うけど」
ぐうの音も出ないロディネにビアンカはひとしきりけたけたと笑い、それを家族のような優しい微笑みに変える。
「ま、心配しなくても、いくら
「じゃあ何で引くとか言ったんだよ」
「いや普通に金額で引くでしょ。……あ、前菜きたから食べよう」
「ま、ビアンカ様が言うなら、このままいこ」
「そうしなさいそうしなさい」
次々と運ばれてくる美味しい料理に舌鼓を打ち、デザートが届く前に一度酒を頼んだ。
「ビアンカ」
少し真剣な声になってしまったのでビアンカも少し真剣な雰囲気になる。ちょっと失敗したなと思ったがそのまま続ける。
「今までずっと、ありがとう。これからも当然今まで通り仲良くしていく所存だけどさ。今までいっぱい迷惑かけてごめんな。懲りずに仲良くしてくれな?」
でも節目として、どうしても言いたかった。
ビアンカはセイルが亡くなったあと、コニィとの絆を結ぶのを先延ばしにした。絆を結べばロディネの導きを受けられない。あの時ビアンカは敢えてロディネの導きを受けにきていた。
ロディネがいなくならないように。それはロディネが心配をかけたせいだったから、ずっと引っ掛かっていた。
「違うの」
声が濡れて滲んでいた。ビアンカは瞬きもせずこちらを見て、ぽろりと一粒涙を落とした。
「私はコニィさんが1番大事だけど、ロディも大事だった。レオナルドがあのままロディと絆を結んでしまったら、ロディは一生狙われる上に、あいつに完全に取られてしまって、会えなくなるかもしれない、助けてあげられないかもしれない。それがどうしても嫌で、レオナルドが間違えるのを止めなかった。レオナルドはロディを守るためなら、ロディの大事なものも容赦なく壊す。そういうのが別にいいならいいと思うけど、ロディは違うって勝手に決めつけて、レオナルドが、ロディと絆を結ばなけれいいって……」
「……さすがビアンカ。ネロもおんなじような事言ってた」
そしてそれは正しい。ビアンカが俺の大事な子だからとネロを守ってくれようとしたように、ネロがビアンカを守ってくれたように、そういう風に考えてくれる相手じゃなければ、ロディネは駄目だった。今はもう完全にそれを理解している。そして、お互いだけでいい、相手のためならなんでもいいという気質はクレアが持っている。それに気づかないまま絆を結んでいたら、ロディネはこうしてここにいなかっただろう。
「俺は孤児院の時からずっとビアンカに助けられてたし、夫婦になってからは夫婦ごと振り回してた。だからそれもあって『ありがとう』ってきちんと言いたかった。俺はもう大丈夫だから、ここでそういう荷物をなしにして、改めて家族ぐるみで仲良くして欲しいと思ってさ」
そう頭を下げるとビアンカは決壊し、子どものようにわんわん泣き始めてしまった。
コニィに心の中で謝りつつ少しだけ、ロディネは小さなビアンカの背を抱き締める。涙を拭くために離したその時にはしゃくりあげはするものの、もう気持ちの整理はついてるのが明らかで、ロディネはほっとして笑う。
ビアンカ少し落ち着くまでデザートはやって来ず、やっぱ高い店は違うな……とロディネ達は少し遅れてやって来た美味しいデザートにも舌鼓をうったのだった。
そしてデザートを食べ終えたほろ酔い状態店を出ようとすると、店の待合室から見覚えのある人物が出てくるのが見えた。
「あー! コニィさんだぁ!」
「あれ、ネロも!?」
迎えに来たよというコニィにビアンカが抱きつき、コニィの腕の中のエレナちゃんもビアンカ抱きつき、2人をコニィが包み込む。可愛い家族である。
「ロディ、これからも家族共々よろしく。また僕とも飲んでね」
「おーもちろん! 遅くまでごめんな」
「全然。じゃあまた改めてね、ネロくんもまた」
「はい。お迎え誘っていただいてありがとうございました」
「じゃ、ロディ! つばめの巣作り頑張って。落ち着いたら招待してね」
「おー! 今まで世話になったからみんなで来い来い!」
おやすみと店の前でビアンカ達と別れ、2人夜の町を歩き始める。しっかり夜ではあるが、オレンジの街灯が木々や人影を細長く、道に伸ばしていて何となく賑やかに見える。
「ビアンカさん、すごく酔ってませんでした?」
「酔ってたなぁ……それを察してコニィがネロに声掛けたんだろ」
「絆を結ぶとそんなところまで分かるんですか?」
「個々によるけど元々コニィもビアンカも能力が高い上に、ビアンカがコニィに預け切ってるからな」
「俺達も俺達の形であんな風になれたらいいな」とネロの手を握ると、ネロは一瞬驚いて、嬉しそうに「そうですね」と笑った。
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