第55話 誘い

「あー! つっかれたぁ……」

「起きてすぐに、動いたり導いたりするからですよ……」 

「うっ……でもさ、俺も悪いけど、みんな普通に俺に話やら何やらふってたじゃないか。俺だけが悪いみたいに言われるのは、何か納得いかないな」

 

 さすがに1年寝転けてたから鈍りが酷い。レオナルド達を見送ってから、ロディネは緊張の糸が切れたのか、その場にへたりこんでしまった。

 

「ごめんネロ、肩貸して……っうっわ……!」

「運びます。捕まっててください」

「えっ……そんな……嘘だろ……」

 

 えっ……いや、本当に嘘だろ……? こんな簡単に……こんな簡単に!?

 

「あー……先生? あの、俺が鍛えて成長してこうなりましたって言いたいところなんですけど、これ、単に先生が痩せて筋力が落ちて軽くなってるだけですからね? 体が元に戻れば多分無理ですよ。期間限定です」 

「あぁ~……寝転けてたからまたリハビリとトレーニング……って、そういえば……俺ってどれくらい寝てたんだ? こんだけ筋力落ちてるって事は……」


 重くも何ともなさそうに歩いているネロを見上げると、何となく記憶より大人びている。ものすごく嫌な予感がした。

 

「な、なあ……ネロ、お前、今いくつだ……?」

「もうすぐ18ですよ」

「えっ!! 1年以上!? ――ったぁ……」

「ああもう、叫んじゃ駄目ですってば」

 

 だって、だってこんなの叫ばずにいられるわけないだろう。だって直前の記憶のネロは16歳で、そろそろ17歳の誕生日プレゼント考えないとって思っていたのに。もうすぐ18って。1回飛んでいる。

 

「医官を呼んでくるから大人しくしててください」


 そう念押しの上、ベッドにゆっくり倒され、腹にわんこが飛び乗ってふせをする。前足で器用につばめを囲い込んで、ぺしょりぺしょりと羽根を舐めている。

 

「そんなしなくても大人しくしてるってば」

 

 そう話し掛けると、わんこはちらりとロディネを見て、ふっと鼻を鳴らし、またつばめをぺしょりぺしょりと舐めるのを再開する。おいわんこ、感じ悪いぞ。

 イラッとしたロディネがわんこのほっぺをむにっと引っ張って無理矢理笑った顔にしていると、ネロが医官と研究官達を連れて戻ってきた。ロディネはネロの手を借りて起き上がり、つばめを肩に乗せて検査と診察を受ける。

 

「まあ、単に1年振りに起きていきなり動いたり何だりし過ぎだね。管制長達を怒っておかないと」

 

 一通りの検査と診察を終え、医官は少し呆れていた。

 

「目は色眼鏡と目薬で大丈夫だけど、長時間文字を見たりとか、明るいところをなるべく見ないこと。耳は喋る時に気をつけて。それ以外の異常はないから、回復食を食堂に頼んでおく。リハビリはまた日を改めて検査してから計画を作る――私の方からは以上だ」

「研究課の方からは、ロディネさんにお伝えしておかない事がありますが、また日を改めて……」

「? 今ここでじゃ駄目なんですか?」

「あの、さっき目覚めたばかりですよね? ロディネさんがいいなら、ネロ君に外してもらってお伝えしてもいいですけど……」

 

 ロディネとネロはパートナーではないのでこういう事を一緒には聞けない。気を利かせたネロは「食事をとってきます」と言って、わんこと一緒に出ていった。

 

「さて……お伝えしないといけないのは、ロディネさんの盾の話です。ロディネさんは今まで3度、導き中に攻撃を受け、負傷しています」

「はい」

「我々は貴方の盾が欠けている事を長期に渡って見過ごしていた。その点についてはまた後日、管制長名で部より謝罪をさせていただくのですが……」 

「正直君は昔の導き手かな? と思うくらい身体も盾も傷だらけだ」

 

 医官と研究官によれば、ロディネは回復手段がない導き手にも関わらず、今まで3度も導き中の攻撃を受けて、文字通り心身共に消耗している。だから盾は完全な状態ではない。それが、命を削るのに影響する可能性が高いということらしい。

 

「だから要は無茶をするなという事なんだけどね」

「ただ、今後絆を結べば、上手く強化・回復出来る可能性が高いですが、逆に相手の盾を弱くする可能性があるという事だけはご留意ください」

「……それ聞いたところで俺、どうしようもなくないですか?」

「そうなんですが……一応本人にお伝えしなければならない項目なので」

 

 そうか、まあ……それは仕方がない。

 

「あの、ネロは。ネロの盾の欠片は俺が持ってるんですけど、ネロは大丈夫なんでしょうか。欠片を返せば問題ないんでしょうか」

「ネロ君は番人だし若いから、欠片を戻せば何も問題ないよ」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 医官と研究官が部屋から出て行き、入れ替わりでネロとわんこが入ってくる。

 

「待たせてごめんな」

「いえ。あの……先生……触れても、いいですか」

「ん、いいけど。どした?」

「何かあったって顔してます」

 

 ネロに抱き締められると、じんわりとほんの少しだけ痺れる様な心地よさが体中に優しく広がっていく。導きを受ける番人ってこんな感じなんだろうか。だとしたらこれはとても心地がいい。

 

「これは……安心するし、気持ちいいな。こんな感覚を与えてくれる優しいお兄さんなんて惚れても仕方がないな」

「でしょう? 惚れてくれてもいいんですよ?」

「……それは駄目」

「それは医官や研究官に言われた何かに、関係ありますか?」

 

 見透かされている。だけどロディネはそれに気づかないフリをした。

 

「あのな、欠片を返さないといけない」

「いいです。先生が持ってて」

「駄目だ」

「駄目じゃないです」

 

 俺は好きなんですから大丈夫です、とネロは言った。

 

 何か、何か言わなくては、とロディネは慌てた。

 確かにネロの気持ちは嬉しい。でも現実問題、年齢も離れてるし、ロディネは何回も何回も寝転けてる。さっき言われた通り、大丈夫かもしれないし、早死にしてしまうかもしれない。

 導き手に先立たれた番人は遅かれ早かれ通常より早く、緩やかに死を迎える。ロディネは早死にするかもしれない。だからもう少し色々話を聞いてからとか、そう言おうとして思わず立ち上がった。その勢いのせいか、肩のつばめが落ちてしまう。

 

「え」

 

 ロディネはつばめが落ちたかと思った。

 でも違っていた。

 つばめはまっすぐに、わんこの元へ飛んでいった。

 

「何で」

 

 わんこの額に降りたつばめは、ジージーと少しだけ啼いて、ロディネの方をただただじっと見つめている。

 

「俺、は……ネロより13も上、だ」

「知ってます。先生でもあり、憧れのお兄さんでもあったから」

「パートナーになって先死んだら……」

「それは誰にでも可能性があることです」

 

 ねえ先生と、ネロはまた俺をそうっと抱き締める。

 

「どうせ先生が先死んだら、パートナーでもパートナーじゃなくても俺、早死にすると思います。時間はたくさんあったので何度も考えました。考えても考えても、以前に言った通り、俺の心の鍵を預かって欲しいのは先生しかいないんです。先生が先にいなくなったとしたなら、鍵が開かなくなる。俺はそれがいい。そうであって欲しい」  

 

 1年……いや、告白してくれた時からいったらもうすぐ3年。結局ネロの意思は変わらなかった。

 

「いたいけな子供の番人に本当、罪な事しちゃったな……」

「本当ですよ。責任取ってください」

「責任、責任かぁ……それなら」

 

 ロディネは顔を上げて、ネロを見る。穏やかに優しくロディネを見つめる綺麗な深い黒の目を。

 

「それなら……絆を結んでもっと強くなってもらった方が、長生きしてもらえるかもしれないな……」

「……! もちろんです!」

 

 ん?

 ホッとしたように笑うネロに、何か違和感を感じ首を傾げる。

 

「ネロ、お前……俺より大きくなってない……!?」

「はい、ばっちり。でももうちょっと高くなりたかったです……」

 

 そう言ってネロはしゅんとするが、いやいや小さい頃の環境とかを考えるとこれは大躍進だろう。どうやらネロはどこかの誰かの事を思い浮かべているようだが、ロディネはそうは思わない。

 

「目線が近いっていうのも、いいもんだと思うけどな」

 

 やっぱり見上げる形になると表情というのは分かりづらい。それに――

 

「こういう事もしやすいしな?」

 

 形のいい鼻先を避けて、ロディネはネロにキスをした。

 一瞬何が起こったか分からないような顔をしたネロは、気づいた途端ぶわりと耳まで真っ赤にする。

 何かすごい大人になっちゃって、背も伸びて格好よくなったし頼もしくなって、嬉しい反面ちょっと寂しいと思ったけど、この感じは変わらない。


(かわいいかわいい俺のネロ)

「俺もしていいですか……」

 

 ちゃんと聞くとこやっぱりお利口さんなわんこだなと、思いながらロディネは目を閉じた。

 

 

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