第57話 新たな

 

「手を繋いで行きたいんですけど……いいですか?」

「いいよ!」

 

 恥ずかしがると思ったのだろうが、ロディネはこういうのは別に嫌ではない。だから探り探りなネロの手を取って歩き出す。

 誰かと絆を結んだり、結婚したら基本的に塔は出て行かないといけない。結婚せずに絆だけ結ぶ人は出て行かない場合もあるが、大体は出て行く。大人になったら訓練生に見せられない事のひとつやふたつ、したくなるってものだろう。塔内は酒も煙草も禁止されている。

 目的地は塔から歩いていて少しのところなので、手を繋いで歩くのを堪能する間もなく、すぐに辿り着いた。来るのが初めてなわけではなく、初見ではないのだが、ネロはぽかんとしている。

 

「改めて……先生、財力がありすぎですよね……」

「ずーーっと働いてて、使うことなかったからな……ネロだって似たようなもんだろ」

「まあ、ほとんど手元には残りますけど」

「だろ?塔にいれば衣食住のうち2つは給料天引きだし、本だって、塔内にでっかい図書館あるし。歳が違う分なだけだって」

「そうかなぁ……」

 

 今日は目が覚めてから半年。

 五感はすっかり回復して、ある程度リハビリが進んで日常生活より少し負荷をかけても大丈夫になった。鍛錬ができるようになるまでも、あともう少しである。

 そしてネロが18歳の誕生日という事で、ロディネは塔から遠くない場所に、番人仕様の家を買った。

 ロディネとネロは、ロディネが回復してないせいか絆を完全には結べていない。番人と導き手とはいえ絆契約ボンドが完全に成立していないと同性婚は出来ないため、今の2人は恋人とか婚約者とかそんな感じの間柄だ。

 

 ここが新しい巣かぁ、と外からしばらく家を眺めていると、ネロがきゅっと繋ぐ手を握り直した。それをそのままくるりと裏返して甲にキスをする。その王子様みたいな仕草に思いがけず、どきりとした。

 

「こらネロ」

「ごめんなさい。焦ってしまって……いまいち締まらないですけど……よいしょ」

「っわ! え、何なに!?」

「何か、落ち人の研究官さんの世界では、結婚式のあと、伴侶を抱っこしたまま新居の玄関をくぐるという風習があるそうで」

「そ……そうなのか」

「そこまで照れられると少し、恥ずかしいです」

「無茶を言うな。と、とにかく入ろう」

 

 とりあえず往来でこの状態キープは恥ずかしいし、住む前からご近所さんの噂になってしまう。ロディネはネロに抱えられたまま新居の鍵をもたもたしながら精一杯急いで開けた。しっかりしがみ付いてくださいと言われて首筋にぎゅっとしがみついていると、ネロは扉にもたれかかって開き、敷居を踏まないように家に入ってロディネを降ろす……と思いきや。すたすたと真っ直ぐ寝室に向かい、2人で寝ても十分な広さの真新しいベッドにロディネをそっと降ろした。

 

「――ちょ、新居でいきなりやることこれ!?」

「荷物の整理はある程度、住む前にやったじゃないですか。それより今日は俺を甘やかしてくれるのでは……」

「それはそうなんだけどな?」

「先生にとって18歳ってひとつの目安だったんでしょう? 俺、『18になりましたよ』って迫るつもりだったんですけど……家なんて凄いもの買われてしまって、ちょっとやけっぱちです……」

 

 ふっとロディネは吹き出してしまった。しかし口にしたことはないのに、何で18歳が目安ってバレているのだろうか。

 ネロは急いたように自分の靴を脱いで、ロディネの靴を脱がせてベッドの下へ押し込む。放り投げないところはとてもお利巧さんだ。ロディネは身を起こして片付けをしているネロの背中にのしかった。

 

「ごめんな。俺もちょっと浮かれちゃってるみたいだ。でもさ、家があったらやらしいこと、いつでも出来るわけだし、別によくない?」

「先生……」


 

 違う。


「ね、ネロ」

(いつでも出来るから、ゆっくりでいいんじゃないかという意味だったんだけど……! )


 ネロはロディネの腕を取って押し倒し、少し急いたようにぐいぐい引っ張って自分の服を脱ぐ。短い黒髪が服につられて立ち上がった。それを落ち着かせるようにぴぴっと頭を振り、ベッドに手をついた。

 ぎしりと軋む音がやけに頭に響き、目の前には、子どもの皮を脱ぎ捨てた雄がいる。落ち着かせようと息を吐いているが、熱を逃がすように吐く息は、その気配をただ強くするだけだった。その存在の変化に若干飲まれながら、ロディネはネロのキスを受け入れていく。

 

「先生、楽にしてください。緊張すると、俺も緊張してくる……」

「ん、ぅ……わかった」

「先生の匂いだ」

「え、匂う?」

「いえ違います。すごくすごく、触れるくらい近づかないと先生の匂いは分からないです。だから、分かるととても興奮する……」 

 

 首筋をすんすん嗅ぎながら、ネロは器用にロディネの服を剥いていく。つばめがつっつく時みたいなキスも交えながら、お互い下着だけになった。

 

「あの、今更なんですけど……俺がせんせ……ロディ、を抱くのでいいんですか?」

「いいよ。どう見たって、ネロ、抱きたいって顔じゃないか。俺、知識はあるけど、どっちも経験ないからこだわりはないし……」

「えっ」 

「何故驚く」


 だからこの件に関してはロディネは先生になれない。三十路超えて経験ないっていったらまあ、普通は引くか。少しばかり不安に思ったロディネがネロを見ると、ネロはなんだかとても嬉しそうにしているので、よく分からないが、まあ、よかったのだろう。

 

「じゃあ、ありがたく、先生は俺が貰いますね」

「おー貰ってくれ。今更いりませんって手を離されても困る」

「それは絶対あり得ないので……絶対に離しません。先生、好き、好きです」 

「ネロ……俺も好きだよ」 

 

 そう言って2人は深い口づけをする。あとはもう言葉はいらなかった。

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