第46話 導きの光


 どんどんどんどん沈んでいく。

 でも以前のように暗闇に落ちていく感じではない。俺はまだやらなくちゃいけない。守らないといけない。守るんだ。先生の大事なものを、守るんだ。

 

 (――ロ……)

 

 もやもやとした光の中に、一筋の強い光が見える。

 その光を辿れば、何故か塔のロディネの部屋のドアが見え、その少し開いたドアから光が射し込んでいる。

 

 (ネロ……)

 

 そこからロディネが顔を覗かせ、ネロの方を見ている。


(先生……? 何で先生が)


 来てはいけないって言ったはずなのに、言ったことがちゃんと伝わってないのだろうか?


(今俺はどこに。もしかして塔に運び込まれた? まさか、死んだとか)

(ネロ……ネロ……! 俺はここだよ)


 ロディネは辺りに散る盾の欠片をひとつひとつ丁寧に拾い、欠けて薄くなったネロの盾を労るようにそうっと撫でていく。そうして盾が直るにつれ、何でここに先生が? という疑問がどんどん強まっていく。

 

 (せ、んせい……? な、んで先生、大丈夫、ですか……っ)

 (うん、大丈夫。だから、戻ってくれ)

 

「せんせい」

 

 意識が鮮明になってまずネロの目に飛び込んだのは、ロディネの夕陽のようなきれいな赤い瞳だった。睫毛が触れるんじゃないかという程の位置で、ぱちぱちと瞬きして「先生」と呼べば、ロディネはネロの目を見て、ほっとしたように「おかえり」と笑い――糸が切れたかのようにぐらりと倒れる。

 

「先生!!」

 

 ネロはぐらりと傾いたロディネを慌てて抱き止め、肩から落ちたつばめも地面に落ちる寸前で受け止めた。

 はっきりと戻った意識で見た周りの景色は、変わらず戦っていた山の中だ。死屍累々といった感じで敵も味方もあちこちに転がっている。すぐ側にはネロがずっと戦っていた蛇の男も転がっているが、これ、こいつは……死んでいるように見える。

 転がっていないのは鳶の男だけだ。


(いや、それよりも先生、先生が)

「飛燕ちゃんの年で知ってるはずないのにねぇ」

 

 声のした方を振り向くと、真剣な顔をした鳶の男はいつもの軽さを消して、近づいてくる。体格の変わらないネロがロディネを抱えて逃げるのは無理だ。意味がないかもしれないが、ネロは眠るロディネを守るようにぎゅっと抱え込んで男から隠した。

 

「……セイルがやったあの1回こっきりを見て覚えてたのかね。やっぱり飛燕ちゃんはすごい……でもね、コレはグリーディオですら禁じ手だよ。まあそもそも、コレが使えるレベルの導き手がいないってのもあるけど――ねえ黒妖犬パピィ

 

 そう言って鳶の男は死んだような蛇の男を爪先でつっつきながら諭すようにネロに話しかける。

 

盾破壊クラッシュをした上に、野生化して酷く消耗した番人を導き鎮めたから、飛燕ちゃんの盾の損傷はとんでもない。言うなれば、導きで回復できない領域崩壊の状態だ。塔レベルの所ですぐに治療しないと飛燕ちゃんは死んでしまうかもしれない。うちならもっと早く応急手当して治療できるから、君は飛燕ちゃんと一緒にうちにおいで」

 

 確かにロディネの呼吸は弱く浅い。鳶の男の言う危ないというのは本当だ。でもグリーディオに行くのがいいわけではない。

 

「ロディネ! 行かせるか!!」

「……何で邪魔するのかなあ? 君にそんな資格はないよ」

 

 ネロはどうするのがロディネの最善かを必死で考えている横から、レオナルドが鳶の男に襲い掛かる。だけど、あっさり避けられて外れた攻撃が地面を割って抉った。

 

「アニマリート王室の在り方をどうこう言うつもりはおっちゃんにはないけどさぁ、金獅子――お前のやり方が番人として間違ってんのは分かるよ」

 

 王室……? どういう事だ……?

 

「セイルが死んだ後、飛燕ちゃんに好意を持った人間を排除して排除して、最近はおっちゃん達を利用してそこの黒妖犬パピィを始末しようとしたくせに。さっきだってそうでしょ? お前ならこいつに多少手こずったとしても、ゴリ押しで充分叩き潰せたはずだよねぇ?」

 

 そう言って鳶の男はまた蛇の男を爪先でがすがすと蹴る。仲はあんまり良さそうではなかったけど、一応仲間の筈なのに、男からは、何故か蛇の男に対する憎しみを感じる。 

 

「子どもの頃から無意識にずっと導きさせられてて、それでも絆されてくれてたお人好しの飛燕ちゃん。そもそも他国に狙われたのも、王室やら政治家やら君を利用したい奴らが飛燕ちゃんを消そうとしてその通りになりかけたのも、全部全部お前の立ち回りが悪いせいじゃん。しかも一番傷ついて支えてあげなきゃいけないときに、手を離して幼馴染と結婚して子どもまでこしらえたのは誰だい」

「お前に何が分かる! ……俺の手を離したのはロディネの方だ。あの時導きが失敗したのだって、つばめが獅子に触れなくなったのだって」

「グリーディオの特務は情報収集もやってんだ。舐めんな」


 レオナルドに向かって、男が嗤う。


(確かにレオナルドさんはあれだけど、そこまで悪意があったわけではない)


 最低なのには変わりはないけど――……?

 

(何これ。俺がレオナルドさんの何を分かるというのだろう)


 何か、変だ。でもそんな事、今はどうでもいい。

 

「それだって君達にくっついて欲しくなかった奴等の仕業に決まってるでしょ? ずーっと飛燕ちゃんは色んな事を言われてたわけ。それでも仕方がないなって我慢してくれてたわけ。なのにお前からは何のフォローもない。ま、グリーディオ側もそれを利用させては貰ったけどね。この意味をよぉく考えろ図体ばかりの餓鬼が」

「――そんな事言い合ってる場合じゃないだろ!!」

 

 レオナルドと鳶の男はお互い勝手な事を言いながら戦いを始めようとする。そんな事してる場合じゃないのに。

 

「……黒妖犬パピィの言うとおりだ。ま、とにかく2人ともうちがもらっていくよ。そっちにいるよりこっちにいる方が好きに生きられると思うし。飛燕ちゃんは優しいから、おっちゃんが拐われて見棄てられた元アニマリートの番人だって言ったら話を聞いてくれると思うんだよね」

 

 そう言ってこちらに手を伸ばそうとした男に、レオナルドが獅子と共に吠えながら襲い掛かる。本当にこの人達は!


「――――だからさ!!」


 ネロ1人ではグリーディオ側にも小塔に帰ることも出来ないというのに。

 

「せんせい」

 

 その間にも腕の中でロディネの息が弱くなって、ただただ小さく小さくなっていく感覚がする。昔願ったように、自分にも精神感応テレパスが使えたらいいのに。導く事が出来ればいいのに。

 気付いてくれないだろうか。藁にも縋るような思いで、初めてネロからロディネにキスをした。

 

 

 ――――……?

 

 

 +++

 

 

 意識はうっすらあった。けど、暗い。

 何も見えないし、何も動かすことが出来ない。以前長期間寝こけてた時や導きに失敗した時とは、また違う損傷感。番人の領域崩壊とはこんな感じなんだろうかとロディネは思った。

 しんどい。しんどいなこれ。

 完全に感覚を遮断されれば怖くないかもしれないが、こんな半端な細い糸のような感覚、戦いの場でこんな状態になったら、自分の死の訪れがゆっくりはっきり分かるのに、手も足も出ない。

 セイル先生、怖くなかったのかな……。

 いや、怖いに決まってるか。何より管制長を置いて逝く事になったんだ。未練はいっぱいだったろう。

 ロディネも死にたくはない。このまま死んだらビアンカが、何よりネロが自分のせいだと思ってしまいそうで嫌だ。

 途切れ途切れだけどあのおっさんの声が聞こえる。そういうことだったのか。

 ていうかレオナルド……俺は悲しいよ。俺は自分の元相棒がそんな事をしていたなんて、怒りよりも悲しい。最期にそんな事知りたくなかった――――

 

 (人にあれだけ格好よく言っといて自分が諦めないでくださいよ。あいつぶん殴ってやる! くらい、いつものように言ってください)

 

 ネロ……?

 

 (あの鳶の男の言うこと全部が全部、正解じゃないですよ。レオナルドさんを庇いたいわけではないですけど)

 

 やっぱり、ネロ?

 その声がする方に光を感じる。

 

 (レオナルドさんのやり方は完全に間違えてるし、どうかと思うし、やったことのいくつかは絶対に許せませんけど)

 

 何で、ネロ、精神感応テレパスが?

 

 (何ででしょうね……また後で考えましょう。それより今は)

 

「……守らないと」

 

 鼻先が触れる位置で、ネロの口から出たのは小さな呟きだった。でも隣で武者震いして唸っていたわんこの口から出たのは力強い遠吠えで、それを合図に艶々の黒い毛に覆われていた身体が、白く厚くなっていく。ロディネはそれを自分の内側で見ていて、何かとても変な感じだった。

 

 (これは……おおかみ……?)

 

 変化したネロのわんこの姿は大きさは変わらないものの、いつもの愛嬌のある姿ではなかった。管制長の魂獣と似ている。

 

 白くて綺麗な狼だった。

 

 ていうか、ネロなのに、白い狼って。黒妖犬はどこ行った。

 ていうか狼なのに。

 

 (ちっさ……)

「うるさいですよ先生」

 

 何だか呆れたように笑うネロと、ちょっぴり唸っているわんこ改め白狼は戦っているレオナルドと鳶の男を、やっぱり呆れて睨んでいたのだった。

 

 

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